汽水域の旅─地・図・階段

今日はみんなが大好きな話。そう、夏といえば階段。それから地と図について、もっともっと詳しくなりたいよね。そんなときはここに戻ってくればいいんだよ。それでは汽水域の旅第6回目、はじまりスタートです。語り手は書評家の永田希さんです。

 

近代造園史

永田:7月の既刊と8月の新刊について話していきます。今回のテーマは「地と図と階段」。といいつつ、8月の刊行予定本でまず注目しているのは『近代造園史』。

 

石田:それは面白い。僕の弟がちょうど庭師やってます。

 

永田:え、マジで。どこで?

 

石田:埼玉で。

 

永田:紹介してよ。うちの庭、誰に相談したらいいかちょうど悩んでて。それはさておき、『近代造園史』になんで注目かというと、このところ「庭」が面白いよっていう話で。今年は映画『動いてる庭』が東京で再上映されたり、同名の書籍は僕もBook Newsで取り上げたりしました。

http://blog.livedoor.jp/book_news/archives/53513239.html

動いている庭』の翻訳者であり、映画にも登場してる山内朋樹さんは『アーギュメンツ#3』にも文章を書いていて、専門は美学と造園史なんです。6月と7月の新刊を紹介した前回は『森林美学』など森の話をしましたが、あそこで語られた「森」は「庭」であったとも言えると思う。つまり自分の居住空間(家)ではない領域をどう扱うかという問題。

今回のアイキャッチ画像で僕が持ってる、7月の新刊『「自然」という幻想』も、自然を単に失われた過去を復元するだけのものではなく、積極的にどう設計していくべきかを問う本。庭という概念がここでもキーワードになってます。

庭って、地面の上に人間が図を描いていくもんなんですよ。どうしても近代の人間は地図っていうと紙の上に描くとか、現代ならモニターの上に文字とか画像を、と考えがちだけど、地面があって人間がどう管理するかってのが地図の根源だったはず。造園の場合は、季節の移り変わりとか気候の変動を反映し、自然とどう対話していくかという時間の経過が加わる。近代人がこの地図的なものと時間的なものの交錯をどう考えていたのかということを振り返り、現代の人間が「都市計画」や、政治的な領土問題とかを考えるきっかけにできたらなと思ってます。

 

石田:ジブリのアニメ『かぐや姫の物語』で主人公がミニチュアの田舎を作って低い位置から眺めるシーンがあって、あ、庭ってミニチュアだったんだって気付かされました。

 

 

コメニウスの旅

永田:あと8月には『コメニウスの旅<生きる印刷術の四世紀>』っていう本が出ます。コメニウスって誰だかわかりませんよね。日本では幼稚園とか小中学の義務教育がありますが、コメニウスはこの「教育」の基礎を作った人。哲学におけるデカルトみたいな位置を、教育学で占めてる人だとされてます。間は誰でも教育を受ける必要がある、教育を受けないとちゃんとした人間になれない、っていう考え方を提唱した人なの。

 

石田:「子供」を作った人だ。

 

永田:そう。「子供を発見した」というのはルソーだと言われているし、コメニウスとルソーは対比的に語られることも多いけど、コメニウスをルソーの前段階に置いてもいいと思う。で、そんな教育学における巨人なわけですがこのコメニウス、『地上の迷宮』という本では神秘的な宗教家として卓越した世界の見方を提示したりしていました。そもそも教育論も「人間」観もかなり宗教家として関与していたわけです。で、この『コメニウスの旅』という本は、彼が提唱したという「生ける印刷術」という人間観を軸にしているらしい。

 

石田:ぜんぜん分からないけど面白い。

 

永田:人間、記憶したり学んたりするでしょう、それを「印刷」という例えで理解していたんだと思う。この「人間に印刷していく」って発想は、人間の身体とか人生という時間を「地」とするなら、「人間」という在り方が「図」になりますよね。なお印刷とか出版について、気になる本がなぜか8月はたくさん出ます。名前だけ言っておくと『書物と権力 中世文化の政治学』とかマラルメのそのまま『詩集』って本とか、あるいは『予測不可能性、あるいは計算の魔』ってやつとか。

 

石田:わ、面白そう。

 

永田:地と図を論じるにあたって非常に重要な思想家というか書家である石川九楊の『文字から文明圏の歴史を読む』っていう本も出ます。これも非常に楽しみ。

 

 

キミのお金はどこへ消えるか

永田:もともと7月中に出るはずだった、井上純一『キミのお金はどこへ消えるか』っていう漫画が出ます。井上純一さんって『中国嫁日記』っていう漫画で有名な人なんだけど、その人がnoteで、お金と経済をテーマにした漫画を描いてたんですよ。それをまとめたやつです。お金ってどういうイメージ?

 

石田:お金……。価値を保管するトークンみたいな。

 

永田:ああ、いいね。トークンという概念自体がお金の最初期のものなので、あれがなんなのか問題ってのは重要なんですよ。「地と図」ってあたかも分離できるかのように言うけれど、実は別々にあったら存在できないわけじゃん。これから図を描く場所を地っていうし、もし地がなかったら図も描けないし。

 

石田:はいはいはいはい。

 

永田:地と図ってどっちもお互いを必要としているのね。お互いがお互いを必要として一致した瞬間に、文字を書くこととか印刷することが実現するんだけど、実現するからこそ、今ゆうきくんが言ったみたいな、「価値」と「担保」と「トークン」が初めて一緒になる。昔は銀とか貝とかが通貨として使われていたんだけど、もしこれらが一致する瞬間がないとそれらはただの「キラキラしたやつ」「石」「貝」でしかない。それの上に価値をくっつけることができるようになって初めて、「お金」が出来上がる。そこら辺の話は次の本でするとして、『キミのお金はどこに消えるか』はそのようなおカネが、どのような世の中の仕組みを生きているのかっていうのをかなりわかりやすく説明している漫画です。マルクスの話とかピケティの話とか、あと日本の消費税の話とか、最近話題になっている国債の話とか。たくさんの人に読まれて欲しいし、正直ね、それこそ小中の教科書にして欲しいなっていう。世の中のお金ってなんなんだろうってところを説明してくれる本です。

 

 

怒りのロードショー

永田:あ、7月の新刊取り上げる前に漫画の話。『怒りのロードショー』っていう漫画が、去年の1月に出てたんだけど、これの第2巻が8月に刊行予定だそうで、これも楽しみです。という感じで、8月の刊行予定の話を終わります。

 

 

階段空間の解体新書

永田:今回「地と図と階段」というテーマにしたのは、この本を紹介したかったからです。6月の新刊でしたけど『階段空間の解体新書』。いろんな階段の図面が解説とともに紹介されています。階段とはなんぞやという概念の話ではなくて、実際の建築の階段を分析しているものなのね。実際ね、螺旋階段とかいろんなパターンがあるんですよ。これとかほとんど滑り台。階段とは、複数の階層があるときに、その間を繋ぐだけの空間のことですよね。

 

石田:人間が歩いて移動していた時代の遺物になりそうですね。

 

永田:人間、そのうち歩かなくなるかな。まあ、それはさておき。階段は、いわゆる床の平面でもないし、柱でもない。とうぜん壁でもない。空間を考えるときにわりと忘れがちな場所。考えてみると、もし階段がなかったら2階を作っても2階に行けないんですよ! すごく重要な場所。これもまた『アーギュメンツ#3』の話になるんだけど、逆巻しとねさん、仲山ひふみさん、佐々木友輔さん、クロソーさんで話している座談会で話題になっている『地獄は実在する』っていう本があるんです。その本っていうのは今年公開された『霊的ボリシェヴィキ』という映画をとった日本映画界で重要な脚本家・監督の高橋洋という人がいて。この人が現代の人類における恐怖表現の最前線を走っているんだけど、どうも、この人にとって2階って存在がかなり重要らしくって。その人は変な家で育っていて、2階があるんだけど、なんと「階段が無い」家だったらしいのよ、その家。上になんかあるんだけど行けない、みたいな状況で子供時代を過ごしていて、それがその人の恐怖体験として残っている。これが彼の個人的なことかっていうと、そうでもなくて、実は文学とか映画の世界で屋根裏っていうのは重要なモチーフだったんですよ。

 

石田:映画『トイ・ストーリー3』でも屋根裏に追いやられることは恐怖の象徴でしたね。

 

永田:それこそ江戸川乱歩における『屋根裏の散歩者』とか。他にもいろいろあると思うんだけど。普段の生活の中では意識しないけど、寝ている時とかにふと気になったりすると思うんだよね。「別の階層」てのを意識したときに恐怖が生まれる。その恐怖に、階段があると到達できるんですよね。そしてそれを解明することができる。なので、階段っていうのは非常に地と図、ないし何かしらの二面性があるときに、その二面性を解消する何かなんですよ。死後の世界に到達する場所。あるいはバベルの塔を思い浮かべて欲しいんだけど。塔ってのはほぼ階段でできている。上に行くためだけの。バベルの塔なんかは天界への階段だったんだよね。神に到達しようだなんてって壊されるんだけど。そのような階段ってイメージを捉え直したいなってときに、これはそういうイメージや概念の階段についての本ではないんだけど「いろんな建築家における階段がどのように作られてきたのか」という階段のリアルを捉えるのにいい本かなと。カラー図版がないので安いんですよ。地と図を繋ぐものとしての階段。

 

世界史の真相は通貨で読み解ける

永田:通貨の話に関わるんだけど『世界史の真相は通貨で読み解ける』。これね、手に取るのは恥ずかしいタイトルと装幀かもしれないけど、内容はしっかりしています。真面目な人が書こうとしてこうなったというのが分かる。図もいっぱい入っているし、ポイントもまとめられています。最近お金が話題になっているのってさ、『お金2.0』とかビットコインの話題が出てきて、みんなの目が金融とかに向いている状況があって。金融危機やリーマンショックの記憶もまだ新しい。日本の将来の経済とか不安じゃん。で、概念としての通貨は、さっき言ったとおり「地と図」が一致するところに「価値」が乗っかって動いていくシステムの土台になっているわけです。本書は、この「土台」がどのように進化してきたのかを読むこに非常に役立つ。何かの価値を担保してやりとりするというのに貨幣が使われていました。それを国が「俺らが管理するから」って使い始めたのが通貨。紀元前にはコインを作ったことによって通貨というものを統一する「コイン革命」がありました。社会を安定させるために、権力をより盤石にするために権力の側が通貨を支配するってのが始まったのがコイン革命。コインとは、複製技術なんですよ。同じであるものを大量に作ることによって自分らが著作権を主張するんだよね。今だと芸術とかでしか意識されないような、図版を作ってそれの権利を主張するみたいな。まあ、ライツビジネスだと芸術どころの騒ぎじゃなくなるわけだけど。

 

石田:ほうほう。

 

永田:そのあと、コインだけじゃなくてもっと流通させやすい紙幣ってのが出てくるよね。紙幣と金を兌換(だかん)するっていう建前を使い始めるんだけど、20世紀までそれが生きていて、やがて「イヤ、無理っす」ってそれを取り下げてしまう。いまは兌換なしで、紙の紙幣だけで経済が成り立ってます。なぜそんなことができるのかというと、国が大丈夫って言ってるから信じてっていう。で、20世紀最後に何が起きたか。インターネットが普及して、インターネットの上で数字だけの電子のやりとりが可能になる。電子取引ができることによって、ブロックチェーンの話につながっていくんだけど、この本ではブロックチェーンについては最後に触れて「それについては触れるだけにする」って切り上げちゃう。この本を信用できる側面かもねってところだね。

 

 

世界一高価な切手の物語

永田:もう一冊は『世界一高価な切手の物語』っていう、これはノンフィクション小説で、すごい小さい「ワンセントマゼンタ」と呼ばれる切手があるんですが、これがなんと世界に1枚しかなくて。

 

石田:なんでぇ! せっかくなら大量に印刷すればよかったのに。印刷したのか本当に?

 

永田:もちろん最初は複数枚を刷ったんだけど、1枚しか現存が確認されてない。で、2014年に約10億円の値段がつきましたと。この本は、そういう切手をどういう人たちのあいだを渡ってきたのかという話を面白おかしく書いてある本なんだけど、なんでこれを持ってきたかっていうとこれが7月の新刊であるってだけじゃなくて、切手ってさ、微妙に通貨じゃないんだけど、ある種お金みたいなものなんですよ。値段がついて、ただし額面の金額と実際の取引の金額がずれるっていうところで。切手って芸術としてコレクションの対象になるんだよね。コレクションの対象になるんだけど、印刷と価値を担保するという地と図を一致させるものとしてありふれたものでもある。本当はありふれているはずのものが、ありふれていないってだけで、10億円まで高くなる。たとえば今世界で一番高い絵とされてるのが、このダヴィンチの495億円する『サルバドール・ムンディ』。

レオナルド・ダヴィンチ「サルバトール・ムンディ」

石田:小さい絵だ。60cmぐらいの。

 

永田:この絵とワンセントマゼンタと、同じサイズにしたらどっちが高いのかとか調べたくなりますよね。重さとか。ただ、ワンセントマゼンタは有名なデザイナーが描いたわけでもなく、ただのペラペラの紙きれなわけです。それに10億円もの価値がついたメカニズムっていうのを考えることができるんじゃないかと思ってこの本も持ってきました。

 

 

漫画の話

永田:前回も取り上げた小説だけど『未来職安』おすすめです。7月に出た漫画でおすすめなのは、『八百森のエリー』っていう、えー、最近ゆうきくん野菜買ってる?

 

石田:たまねぎとジャガイモだけ。

 

永田:その、たまねぎとジャガイモはどこで買ってる?

 

石田:スーパーで。

 

永田:たまねぎとかジャガイモ、農家から直には買えないよね。農家からスーパーに野菜が入るときに、仲卸というところを通るんですよ。で、この『八百森のエリー』はその仲卸業者の新入社員の話です。

 

石田:JAってことですか?

 

永田:JAは農協だから。農協と仲卸は違う。

 

石田:ぜんぜん知らない世界だ。築地市場の野菜バージョンってわけですね。

 

永田:そうそうそう。同じ市場ではあるんだけど。農家がさ、一生懸命作った野菜だから高く売りたいけど、たとえばいっぱい市場に流通すると安くなっちゃう、とかで悩んだり。農学部卒の人が主人公なので学問的なウンチクがたくさん。たまねぎの沈静化作用とかも描いていてすごく面白い。あとギャグがいっぱい入っていて楽しく読めます。あとは『ベアゲルター』の新刊が出ました。知ってますか?

 

石田:わかんないです。ベアゲルター?

 

永田:無限の住人』『波を聞いてくれ』を描いている作者の、バイオレンスアクション漫画です。スーパー絵が上手く、かつ、人物描写も非常によく、現代の医療の闇というか、そういうダークなところも描いていていま一番おすすめできる漫画のひとつですね。ところどころ駆け足だったけど、今回はこんな感じ。次回はゆうきくんがなんか島に行くらしいので1回休み、10月更新分(9月の新刊と、10月の刊行予定の紹介)から再開になる予定ですね。汽水域も夏休みか。

告知ですが、8/3から新宿にある眼科画廊で始まる「がんか食堂」のzineに、スイーツをめぐる20冊の選書をしています。甘いものが好きな人は是非チェックしてみてください。また、8/3から9/2まで、眼科画廊の展示と連動して、王子にあるコ本やさんで選書棚が展開されます。眼科画廊のzineの選書で取り上げた本が半分くらい実際に買えるようになります。残り半分はコ本やのセレクトに僕が書評をつけたもの。選書コメントを載せたペーパーも作る予定なので、こちらも是非チェックしてみてください!

 

<プロフィール>

語り手

永田希 Nozomi Nagata

寝癖の書評家。時間銀行書店店主、オススメのマンガを持ち寄ってひたすら読むだけのイベント「試読シドク」主催。「Book News」を運営している’79年生まれ男性。

Book News
http://blog.livedoor.jp/book_news/

アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は関東某県在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。

 

聞き手

石田祐規 Yuki Ishida

1989年神奈川生まれ。多摩美術大学映像演劇学科中退。 映画と演劇への興味から写真をスタート。 友人、または友人になりたい人に親友を演じてもらい撮影する。主な著書に「HAVE A NICE DREAM!」がある。

http://yukiishida.com/