東京オルタナティブ百景

第一景
東京都北区王子
コ本や honkbooks

 

 路地を縫うように走る「最後の都電」荒川線にトコトコと乗って、王子駅前に降り立った。

 もともと「王子電車」だったこの線は、荒川区の三ノ輪から早稲田まで、江戸の郊外を辿っている。この地にある飛鳥山は、徳川吉宗が桜の植樹を行って以来、庶民の行楽地として、春夏秋冬の景物に富んだ名所だったそうだ。

 そんな飛鳥山公園へふらり立ち寄ると、なだらかな高低差を結ぶ小さなモノレールがあることに、まず驚かされる。外観がカタツムリに似ていることから、「アスカルゴ」という愛称がつけられているという。飛鳥山のエスカルゴ。そのちぐはぐ具合に頬が緩む。しかも無料ときている、言わずもがなで乗り込むと、アスカルゴはゆっくりと上昇する。相乗りした老夫婦の会話と、地元だという倍賞千恵子のアナウンスが流れる中、蝸窓には、鮮やかなツツジを前景に、駅周辺の全貌が徐々にあらわになる。

飛鳥山とアスカルゴ

頂上から王子駅周辺を臨む

 飛鳥山を一通り散策してから、駅を挟んで反対口へ。「フルーツ・タバコ」の看板の下で煙草を吸う。ここ王子が洋紙発祥の地である旨の掘られた記念碑が目の前で、洋と羊は違うだろうに、台座にある石造りの羊が可愛い。脇には柳小路なる裏路地があって、年季の入った飲み屋やスナックが未だ密集している。その一角には炭爛れた家屋も放擲されたままだ。下町は火事が多い。

「コ本やhonkbooks」外観
看板には言葉遊びが

 その足で明治通り沿いを少し歩くと、「コ本やhonkbooks」はあった。ゆるい手書きの看板に、軒先の叩き売り的文庫棚。一見、普通の古本屋である。中に入ってみると、やっぱり古本屋だ。むしろれっきとした古本屋である。文学から美術や哲学、芸能まで、面白そうな書籍が幅広く揃っている。と思えば、棚の上や壁面には、写真、絵画といったアート作品や、自費出版とおぼしき小説、作品集といったものも散見される。

 「最初は全然別のアートプロジェクトをやろうとして場所を探し始めたら、たまたまこの物件が見つかったんです」と、青柳菜摘はゆったり言った。

 「コ本やhonkbooks」は、アーティストの青柳菜摘(だつお)と、ドキュメント・ディレクターの和田信太郎、ブック・ディレクターの清水玄をメンバーとしたコレクティブから成っている。三人とも東京藝術大学大学院映像研究科の出身で、2016年に設立し、古本屋の経営から、そこでの展示やトークイベント、勉強会、外部での様々な企画のディレクション、そして出版まで行っているという。

 和田は「王子にしたのは青柳がすぐ近く出身というのもあるけど、東東京ってある意味でアートとか文化にほっとかれている場所。その放置されている感じは、自分たちが何かをやった場合、それに対しての手応えを感じられるんじゃないかと思ったんです」と淀みなく語る。たしかに西東京に比べ、東側は都市の性格がそこまで文化的に限定されてはいない。しかも地価は低めで、都心へのアクセスも意外といい。実際、東側エリアでは若いアーティストを中心にオルタナティブ・スペースやギャラリー、アートプロジェクトが雨後の筍のように勃興しつつある。ここもまた、そのようなイースト・トーキョーのシーンに連なっていると言えるかもしれない。「この辺りの“東京の地方”といった雰囲気は逆に面白い。もともと王子は生産業が盛んな工業地帯だったし軍事施設の拠点でもあったから、倉庫みたいなところも残ってて、アトリエやギャラリーに使えるようなスペースも多い。」

左から、青柳菜摘(だつお)、和田信太郎、清水玄

「コ本やhonkbooks」内観

 でも、どうして古本屋を選んだのだろうか。「ここを単なるギャラリーやオフィスにするのは勿体無いし、お店にした方がいろんな人の出入りがあるから、というのは最初にありました」と木訥に話すのは、古書店パートを仕切っている清水だ。「三人とも本が好きだったというのもあるし、僕は昔、古本屋でバイトしていたこともあった。古本屋をやりたいっていう人は多いけど、全然暇じゃないですよ」と笑う。

 和田が続ける。「世の中にある本の99%は古本です。そんな中で、新刊を中心に扱うとどうしてもプロモーション寄りになっちゃうし、図書館やライブラリーみたいなやり方もあったと思うけど、もっと本が行き交いしてるような光景の方が面白いんじゃないかな、と。」「新刊はジャンルや作者が看板になるけど、古本になるとそれがもう少し和らいで、所有者というものが入ってきたり、買い取るお店というものが入ってきたりして、作品と同じような目線で見られるようになる」と青柳が返す。要するに古本は限りなく「一点モノ」に近いのだ。例えば「線引き」。「コ本や」には「線引きは苦手だけど、この人の線引きだったらいい」というお客さんがいるそうだ。顔の見えるその距離感が楽しい。

 やはりアート系の出版物が多いのは、「メンバーそれぞれの知り合いが好意で選んで持ってきてくれるところもあるから。市場だと現代美術の本ってあまり出ないんです。メジャーどころは出るんですけど、コアなものはあまり。だから並びに関しては買取に助けられてるんじゃないかな」と清水。和田も「アーティストが結構出入りしてるから、アートファンを作るというよりは、アーティストにとっても面白い本屋でありたい。知り合いのアーティストや研究者の人たちも、自分の資料だったものを売ってくれたりするので、その意味で間接的な情報交換になっているんです」と頷く。

店内には永田康祐、ヌケメ、相磯桃花らの作品も

 ところで、そもそも「コ本やhonkbooks」とはどういう意味なのだろう。「本屋は自分の店のことを本屋とは言わずに、〇〇書店などと呼びます。でもここでは本を売る、買う、そして作ることまでする。だから改めて「本屋」というものを考え直したいんです」と和田が答えてくれた。頭の「コ」は、もちろん古本屋の「古」。また本がとてもミニマムな、個人で向き合うメディアという意味での「個」。さらには王子の伝承に登場する「狐」なんていう意味も畳み込まれているそうだ。多国籍エリアであることも踏まえて付けられた英語表記「honkbooks」の「honk」は「警鐘」という意味で、「hon=ホン」の言葉遊びも含まれる。直訳すれば「警鐘本屋」、かなりコンシャスなネーミングだ。

 そんな「コ本やhonkbooks」で行われる展示やイベントでは、基本的に使用料は取らないという。「東京で自分の試したいことや考えていることをやれる場所って、どこもすごくコストがかかる。だからコストがかからない状態の場が必要だと思っています」と和田は熱っぽく語る。「勉強会も、講師と生徒というよりはフラットな関係です。世の中にはリターンがはっきりしているものが多いし、そこにお金を払うのはよく分かるんですが、それよりも議論ができたりアイデアを出し合えたりする方が重要だと思うんです。」

 また、馬喰町にあるKanzan Galleryで展示を企画したり、IAMAS(情報科学芸術大学院大学)主催の「岐阜おおがきビエンナーレ2017」で広報や資料収集を担ったりと、外部での活動も手広い。和田は「違う場所でやることも大事。そうしないと待ってるだけになっちゃいますから」と意気込む。

 このように多様な実践を継続する「コ本やhonkbooks」。今後の方向性を尋ねると青柳が口を開いた。「最近は「コ本や」に来たことはないけど気になるという人も増えてきています。だからもっと場所に近づいていくという面と、場所とは関係ないところで話が広がっていくという面が出てくると面白くなるんじゃないかな。」噂を聞きつけてわざわざ台湾から買い付けに来た人もいたよね、と三人は笑った。

 一通り話を聞き終わって、去り際に再度、本棚を眺める。書籍の購入もネット通販で済ませてしまうことが多くなった今日、本との偶然の出会いを導いてくれる純度の高い古本屋は、やはり貴重だ。ふと個人的に非常に興味をそそられる、知らない展覧会のカタログが目に留まる。むろん、購入して帰った。

 

<コ本や honkbooks>

北区王子1-6-13
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<著者プロフィール>

(c)Taro Inami
中島 晴矢(なかじま はるや)
Artist / Rapper / Writer
1989年生まれ。主な個展に「麻布逍遥」(SNOW Contemporary)、グループ展に「ニュー・フラット・フィールド」(NEWTOWN)「ground under」(SEZON ART GALLERY)、アルバムにStag Beat「From Insect Cage」など。