美術家・アラン インタビュー

美術を志すキッズたちは「パープルーム」という存在はもう知っているよね。パープルームの中でもひときわ輝く存在のアランさんが個展を開催するということでお話を伺いました。そして彼の個展をプロデュースするTAVギャラリー代表の佐藤栄祐さんも含めてインタビューを実施。ゲームがなぜアートなのか? そしてゲームのルールとはなんなのか? ゲームはもう始まっています。

ゾンビマスター

まずは彼の代表作である「ゾンビマスター」というゲームについて伺いました。

──ゾンビマスターを思いついたきっかけはなんですか?

きっかけは、ゲームをネタにした作品ってけっこう描かれているじゃないですか。サイコロ描いたり、トランプ描いたりとか。同じことやっても面白くないし、ゲーム自体を作ろうって思ったんですよ。それを決めた上でまず、既存のゲームでライバルとなるものを設定しようと思いました。僕は実はいわゆるボードゲーム自体にあまり詳しくなくて、マジック:ザ・ギャザリングやるか、トランプやるか、囲碁やるか、ぐらいしかアナログゲームをわざわざやったりしなかったんですよ。それで誰でも分かるものをライバルに設定しようと思って。「囲碁」だと強すぎるんで、まずは「オセロ」にしようかなと。

──「オセロ」をライバルにゲームを設定していく。面白いですね。

一応オセロだと日本人が考えたゲームで歴史も長いわけじゃない存在なので、たぶん追い抜けると思ったんですよね。戦えるというか。なので、二人対戦でアブストラクトで、それでごちゃごちゃ色んなものがないようなゲーム。という縛りをまず設けて、そのあとに、将棋とかチェスとかのゲームも含めてコマの動きを考えて。そうしたら向きが途中で変わって、それが相手に影響するものってあんまりないなと思ったんですよね。

──確かに。

それですぐにゾンビマスターの骨格ができた感じです。

──ということは何かきっかけとなる出来事はなく、自然と思いついた感じなんですね。

そうですね。ゲーム作ろうと思ってライバル設定して、あんまり見られない要素を中心に据えて、もうそれで『ゾンビマスター』って感じです。

──ルールを最近変更したとtwitterで拝見しました。

最初に発表したときに、ワタリウム美術館のOn Sundaysに置いてもらったんです。あれが6×6マス、コマが4つづつの仕様でした。あまり時間がかからないようにと、展示の都合上そういうことにしてました。普通にやったら30分ぐらいかかっちゃうんですけど、コンパクト化することで15分かそこらで終わるようになりました。そういう理由もあってプロトタイプとして発表したのが6×6マスの4コマずつのものだったんです。もともとテストプレイしてたのが8×8のコマ6個づつのパターンだったので、ゲームマーケットとかに出す発表用に作り直しました。設定上プロトタイプだったのは6×6で、8×8がバージョン2という形なんですが、実際は前後関係が逆になっています。

──評判はどうですか?

カジュアルに遊んでくれた人からはけっこう評判が良くて、案外みんなしっかり考えるゲームじゃないだろうなと思って遊んでくれますが、気づいたら真剣に考え始めていました。アブストラクト専門で遊んでいる人とかいたりして、そういう人からは「プレイ時間長いのがしんどい」って言われることが多いですね。僕はプレイ時間を長くしてプレイしごたえのあるものを作ろうとしてましたが、ボードゲームのユーザーにはプレイ時間が短くてパパッと遊べるゲームを求めてる人が多いということがわかりました。

──囲碁、将棋のほうが長いのに。

3時間とかかかるのが普通ですからね。実際に囲碁、将棋などをやっている人にプレイしてもらいたいですね。

──ゾンビというモチーフに思い入れがあったりするんですか?

ゾンビにしたのは、順序立てて話すとまずコマの向きが変わるっていうのを思いついたときに、相手の動きに反応して向きが変わるようにしたんですよね。それが人間関係っぽく感じたんです。誰かが行動したときにそれに影響されてベクトル変わっちゃうみたいな。それで人間のゲームにしようかと思ったんですけど、人間にしちゃうと……ちょっとこの単純さを人間と言ってしまうと、今後不都合がある気がするなと思って、それでゾンビっていうのを思いついた感じです。人間をゾンビにしちゃえっていう。かなり能力が縛られちゃうんで。

──複雑じゃないものの象徴としてゾンビを選んだわけですね。

ゾンビにした理由っていうのが動きがゾンビっぽい。何も考えていない人間っぽい。というのもあるんですけど、僕は人とマジック:ザ・ギャザリングの話をよくしていて、◯◯さんは何色のクリーチャーとか、そういう色を現実の人に当てはめて話したりとかすることがあるんです。その中で僕は自分の色を黒だと思ってるんです。善悪とかとは別の話で、黒っぽい言動をするので。マジック:ザ・ギャザリングだと黒にゾンビクリーチャーがいたりして、それで僕が作るゲームで黒でゾンビって理にかなってるなってとこがあって、それでゾンビにしています。最初なににしようかってときにペンギンとかの案もあったけど、ゾンビにして絶対正解だったなっていう確信はあります。

──ゲーム製作者はプレイすると強いんですか?

普通にやったらそこそこ強いんですけど、相手がしっかり考える人になると知識量では勝てない領域が出てくるんで、負けることも普通にありますね。

 

 

アランのバックグランド

──それからアランさんが何者かというのを知りたくて、パープルームと出会う前後は何をしていたのですか?

僕、学部では実技の油彩をやっていたのですが、その時点でいわゆる油絵みたいなものを作りたいわけじゃなくて、変なもの作ったりはしてました。卒業してからどうするか考えたときに、美大とかの大学院に行ってもなんの意味もないだろうなと思って、それで社会学とかそっちのほうと接続できるような学部を探していた感じです。それで鳥取大学の大学院に小泉元宏さんと筒井宏樹さんという社会学系と美術史系の方が揃っている学科があって、鳥取の大学院に行きました。そこでも作っていたりしたんですけど、鳥取だと受け手がなんもないんですよね。何かやっても「がんばってるね」みたいな。そういうこと言われたくてやってるわけじゃないし、とにかくレスポンスがなさすぎて。何かしらやっている人に話を聞いたりもしていたのですが、自分の中のやりがいみたいな、自分の中で設定した達成感で満足しているように感じたっていうのと、最近活躍している人たちっていうのは、東京や関西とか、どっかの都市部で成功したか失敗したかしてそれが地方に輸入される形で活動しているパターンが多くて。地方にいる意味がないんじゃないかなって思ったんですよね。地方にフィーチャーするような感じのことをしない限りは。それで燻るような感じで1年間大学院に通っていました。それがパープルームと出会う前です。

──そこからパープルームを知ったきっかけというのは?

知ったきっかけは、完全に梅津さんと出会ったから。

──梅津さんが鳥取にいらっしゃったタイミングが?

鳥取大学がもっているスペースがあって、筒井宏樹さんが梅津さんを呼んで「梅津庸一 – Retrospective」という個展をやっていました。筒井さんから「設営手伝ってよ」的なことを言われたりして、梅津さんと出会いました。

──出会ってすぐにパープルームに誘われたわけではないですよね。さすがに。

けっこうすぐでしたね。「パープルーム予備校ってのやってて、高島くんっていう男の子と安藤さんっていう女の子が通ってるんだけど、もうすぐ受験やっちゃうんだよね〜」っていう意味不明な話をされて。僕も絵を描いたり作品を作ったりしていることは梅津さんに言ったんで、「どんなの描いてるか見せてよ」みたいな感じでそれで家のほうに連れて行って作品を見せて。並行して展示の手伝いもしてたので「パープルーム予備校に来ない?」って誘われて。あれ? 順番的には作品見せる前に誘われたかもしれない。

──2015年2月に誘われて、そこから実際にパープルームに行ったのは何ヶ月後だったんですか?

4月に行きました。行った日に物件探そっかってみんなで不動産屋に行って最安物件を教えてもらって案内されたのがパープルームの隣の物件だったんですよね。

──ということはもう丸3年以上パープルームにいるんですね。来てからはどんな活動を?

すぐにカオスラウンジとパープルームの合同講評会というのがありました。パープルームと、カオスラとその他参加したい人って感じでゴソっと集まるイベントがゴールデンウィークぐらいにあって、まずそれって感じでしたね。作品的にはマジック:ザ・ギャザリングというトレーディングゲームをドローイングで60枚とか描いて、デッキでひとつの作品ということをしていました。
いろいろなことがありましたが、その後は主に「パープルーム大学物語」など、いわゆるパープルーム展と言われる展示の活動が続いていきます。

 

 

コムニカチオ

──「ゾンビマスター」の次のゲームは考えていたりするんですか?

それは今回の個展で発表するものになるんですけど、個展のタイトルの「コムニカチオ」がそのままボードゲームのタイトルになっています。ゾンビマスターのときは人間をテーマにしたけど、人間をやめてゾンビにしてしまったというのを、今度はストレートに人間、あるいは知的生命体の活動をテーマに作っています。「ゾンビマスター」はアブストラクトな完全に数学的なゲームだったんだけど、「コムニカチオ」はいわゆるボードゲームっぽさを持たせています。

──不完全情報もあるんですね。

不完全情報というよりかは、運の要素が一個あって、その運の要素がゲーム中ずっと影響し続ける感じ。情報的にはゾンビマスターと同様に公開情報しかないです。

──さきほどライバルの話をしていたのですが、今回はライバルとして何を設定しているんですか?

今回は「囲碁」にしてるんですけど、太刀打ちしようと思ってるよりかは囲碁的な感覚をボードゲームっぽさのほうに引っ張り込んでいきたい。「囲碁」だとやっぱり石を並べて陣形作るゲームなんで、フレーバーを感じないと思うんですよね。もはや。

──現代人にはそうですよね。

そぎ落とされちゃってるので、改めてフレーバーを追加している感じです。ライバルというより現代版囲碁みたいなニュアンスです。それが2人~6人までプレイ可能。

──このゲームを思いつくにいたったきっかけや、思考を辿って見たいのですが。

「ゾンビマスター」はすぐ思いついたんですが、「コムニカチオ」のほうは試行錯誤がありました。コマが特殊な動きをするわけでもなく、一個動かすとか、一個増やすしかやることがないんですよ。それだけでどのくらいのことができるのか、とか、何パターンか試したりして。「コムニカチオ」の前にシステムとしてボツになったのが5個ぐらいあります。「コムニカチオ」でやりたかったのが、人間が生活するために仲間を作っていくことなんですが、集団を作るというか。このゲームは1個のコマからスタートして、仲間を増やしていく形でゲームを進めて行きます。自分のコマが増えていくことに意味を持たせるようなことができないかな、と進めていった感じです。

──コミュニティを作っていこうというゲームなんですね。

だからコマ同士同じコマなんですけど、そのコマとコマを置いたときにそれがどのように協働するかとか、敵のコマがいたときにどういう風な反応を敵と味方の間に起こすかっていう、そのあたりがデザイン的に重要な部分で、そこを作り直しましたね。

──5個もボツ案があったんですね。

コマの動きとかのシステムなんで根本はあまり変わっていないです。動かしてみた時に意図と違う感じになるとボツにしちゃいますね。

──運の要素はあるんですか?

第三者みたいなコマをひとつ置いていて、コンピューターゲームでいうとNPCみたいな。そいつをかなりの驚異的存在としてボードの中央に置いて進行します。ゲームが進んで行くとそいつにやられる人がいたりとか、そんな感じです。運の要素をわざわざ入れるのは、運の要素がないゲームは完全に競技になっちゃって、それで新規プレイヤーの獲得に苦労すると思うんですよ。一回遊んでもらえたら良いってことならそれで何も問題は無いですが、僕はそう思わないので。囲碁とかになるとプロの制度があってNHKとかも資本を出しているので潰れたりしないと思うんですけれど。新しいゲームだと100%運の要素を入れてあげたほうがいいだろうなと思ってます。

──さきほどボードゲームはあまりやらないと仰ってましたけど、その中でも好きなゲームってなんですか?

マジック:ザ・ギャザリングと囲碁になってしまいますね。テレビゲームとかになると、ボンバーマンが好きですし、スプラトゥーンも「2」から始めました。テレビゲームなら好きなのいろいろありますね。

 

 

ゲームへと至る、根本の絵画論。

──展示が決まった時、絵じゃなくてゲームで行こうと思ったタイミングはいつなんですか?

もう個展の話を頂いた時点で決めました。これは僕が勝手に思っていることなんですけど、絵を描く人って絵を絵として認識していて、道具として認識していないと思うんですよ。絵を使って何をするかが重要であって、今は絵が素晴らしいとかそういう次元の時代ではないと思うんですよね。絵を描くアーティストで優れた人もいるとは思いますが、僕からすればそういう人はあまり多くない。絵画に限らず立体物もそうなんですけど。現代アートでは作品を作って、展示して何をするのかっていうところ……展示して終了だと意味ないと思っていて。展示物で何をさせるか、とか。何かさせている状況が展示物になったりとか、そういうことを考えていました。ギャラリーって絵を見て多少話したりはすると思うんですが、それでギャラリーを出て行くってあまり面白くない経験だと思うんです。何かを得られて帰る人もいるかもしれないですけど、それってデザインされたことじゃないと思うんで。アーティストの意図として、見に来た人に影響を与えるようなデザインで表に出していきたいです。絵を展示してそれで終了というのは作り込みがヌルいという前提で僕はやっています。

──その考えを推し進めていったら、絵の展示ではなくゲームの展示になったわけですね。

だから個展しませんかというオファーを梅津さん経由で聞いたんですけど、その時点で新しいゲームを考えていたからそれを中心にした展示にしようって決めました。

──今回の個展自体は「ライバルの設定」って何かありますか?

ライバルの設定は無いです。ライバルというより若手現代美術家をぶっちぎるというつもりです。絵を展示している人とか、その時点で終わってるよみたいな。そういう感じにしたいと思ってますね。

──話していてマジック:ザ・ギャザリングが重要だなというのはわかったのですが、私実はやったことがなくて、このゲームで強く感じている魅力を簡単に教えていただいてもいいですか?

個人的な話に行く前に、コンテクストから入ると、ギャザって5色の色分けがされていて、その色ごとにできることが違ったりするのですが、そういうルールの元祖がほとんどこのゲームからなんですよね。

──なるほど。

それがポケモンの相性とかに引き継がれていたり、遊戯王とかもそうですね。テレビゲームとかでも火に水が強かったりなどの相性系の元祖となっています。トレーディングカードゲーム自体の始まりもギャザが一番最初になっていて。現代に普及しているゲームの半分ぐらいはギャザの影響を受けているといっても過言ではありません。特にトレーディングカードゲームは全部ギャザが元祖になっています。

──個人的な領域としては?

遊戯王というトレーディングカードゲームが発売された時期が小学校に入る前ぐらいだったんですけど、それがめちゃくちゃ流行ってて。流行り具合は、僕は鳥取出身だから現場は見てないけど、ジャンプフェスタに人が入れなくなるぐらいカードを求めて人が殺到するとか、そういうのが新聞に載るぐらい流行ってて。僕も当然買って遊んでたりっていうのが経験としてあって。それで、飽きずにコンスタントにずっとやってて、カード屋とかに行き始めたころにマジック:ザ・ギャザリングを知りました。遊戯王のメタゲームに疲れて、ふとギャザをやろうかなと思ったタイミングがあって、10円のカード漁ってショボいデッキを組んで遊んでみたら、これは面白い、となって。まあ、普通の理由ですね。ゲーム的に何が面白いかっていうと、遊戯王には「マナ」の概念がなくて、そのカード自体か、たまにライフポイントや手札がコストとしてはあるんですけど。たとえば「死者蘇生」というカードは自分か相手の墓地のモンスターを特殊召喚する効果なんですけど、コスト無し、そのカード自体だけのコストで使えるんですよ。

編集部注
※マナ=カードを使うために必要なエネルギー
※死者蘇生=「遊戯王」内で使われるカードの名称。無条件ですでに死んでしまったモンスターを召喚できるため、ほとんどのプレイヤーが所持している。

ギャザで一般的な死者蘇生的なカードを使うと思うと、5マナぐらい必要。5マナ用意するには土地を5枚出さないといけない。で、その土地は1ターンに1枚しかプレイできない。だからデッキの構築の時点でそれを考えないといけなくて、たとえば、強いカードばかりをデッキに入れたとします。そのデッキは最初の方は何もできずに相手にやられてしまったり、そうじゃなくても1ターンにできるアクションが1つだけになってしまう。つまりデッキを組む時点で時間の使い方を考えないといけないんです。あと、逆にそのルールの穴を突いてむちゃくちゃするにはどうしたらいいか、を考えたりとかも面白い。一方で遊戯王にはマナの概念がないので、1ターンの間にむちゃくちゃして勝つゲームなんですよ、基本的に。ただ、遊戯王は遊戯王で強いカードをバンバンプレイしている感覚が強くあってとても楽しいと思います。

──ここまでゲームに取り憑かれた理由ってなんだと思いますか?

ゲームに限ったことじゃないんですけど、僕は今まで何かに熱中するときってどうしよっかなって考えたりとか試行錯誤しているときに熱中していることが多かったんです。中学生になるくらいまでは折り紙が好きで、それに熱中していました。僕は熱中する環境を与えるのが、老若男女の区別なくそれを作り出すものの1つがゲームだと思っています。人間が生きることに本気になることもあるとは思うんですけど、もはやそういう時代ではないと感じるんですよね。まあ、そのうちまた生きるのが大変になるかもしれませんが。生まれたからには生きるのは当然で、大抵は環境は与えられてるのでそれに一生懸命になる必要があることってあまりない。じゃあなにをして過ごすかっていったら、面白いことをするしかないじゃないですか。充実するためには。一番簡単なのはゲームだと思うんですよ。現実の何かに熱中するというのは人間全体の中でも限られた人だと思いますし。何かしらの成功体験だったりとか、適度な困難のハードルを与えてあげたりとか、楽しませるとか多様な感情の揺れや経験ができるのがゲームだと思っていて。そこに執着があるのでゲームについてずっと考えているのかもしれません。

 

 

個展について

(ここで遅刻していたTAVギャラリーの佐藤栄祐が登場)

佐藤栄祐:すいません、ちょっと作品を売るというヒリヒリしたゲームをやってて。

──はい(笑) せっかくなので佐藤さん含めて喋りましょうか。

佐藤栄祐:たぶんインタビューの骨組みはあなたが考えていてくれていると思うんだけど、僕らの共通してたイメージとしてはアラン君の独自のコンテクストが、ゲームがあるじゃない。プライマルオリジンとか。いろんなワードを散りばせてもらって、後からガンガン翻訳をかけていくという記事にしたいなと思ってて。

──実はまだ謎ワード一切出てないです。

佐藤栄祐:(アランに向かって)だから今回は一切気を使わないで欲しいんだ。こういうこと言ったほうがいいんじゃないかとか。本当にマジでおかしいだろ! ってぐらい自分言語で喋っていい。それを俺が完璧におかしくないようにフォローするんで!

──それがまだ出てなくて驚いています。私も過去のパープルームペーパーを読んだので、アランさんのおかしさは十分に知っているつもりです。

佐藤栄祐:だからちょっと固くなっちゃうじゃん。畑違いの場所だからさ。

──とりあえず今までたっぷりと「普通を演じているアランさん」は記録できたので、ディープな話にしましょうか。お2人が打ち合わせをするときってどんなことを議論されていたんですか?

アラン:議論って感じはしてないですね。

佐藤栄祐:そうそうそう。全体の流れみたいなのを汲み取った上で、梅津さんとかの、それこそアラン君とかの展示をやってみたいなっていう好奇心があってオファーしたのかな。じきに信頼関係ができてくればいいのかなーぐらい。

アラン:アートってゲームをデザインしなおせば面白くなると思うんですよ。現状、しょぼいルール、つまらんレギュレーションでアート業界が作られちゃってるんで、それを、新しいレギュレーションを作るか、既存のレギュレーションをぶっこわして新しいものを提示していきたいってのはありますね。

佐藤栄祐:どっちなの? 作るのか・壊すのか・更新するのか、みたいな。

アラン:今やっていることは新しいレギュレーションを作ることだと思うんですけど、その新しいレギュレーションが面白かったら既存の方は廃れるという感じでとりあえずやってますね。

佐藤栄祐:自分の場合は、アート業界って明確にルールが存在していて。そのルールが開示されないことが問題だと思ってる。すべてにいてルールがあるし正解があるし、態度の作り方もあるし、コンセプトの書き方もあるし、値段の付け方もあるし、そういうあらゆるルールがある。号換算なんてちゃんちゃらおかしい話であって、絵画とかにはポンド法っていうグローバルスタンダードなルールがあったりとか。そういうルールを一切知らない状態で漠然と芸術みたいなところに向かって行っちゃったりとかしているから、すでにゲームとして成立していない。ルールがわからなかったらプレイヤーにもなれないじゃないですか。だから僕は情報を集めてバラすということをやっている。

アラン:ルールをみんなわかってないし、ルールが厳密にあるっていうのは僕も同意見で、僕はルールを情報として仕入れるというよりかは、反応としてのルール。つまりこういうことをしたらこういう反応があるだろうというのを読み取って、作品の中で開示しています。たぶん喋っていることにもルールがあって、記憶の容量的に無理なんですけど、全部記録したら明確なルールがあるはずです。思い出す作業をしている時点で全部忘れていっちゃうんですけど、全部残っていればはっきりとすると思います。アートに限らず全部ルールが書けると思うんです。僕の場合はそういうスタンスです。

佐藤栄祐:TAVを始めた当初、中島晴矢とかに怒られた話なんだけど始めて1年ぐらいのときは「アートとか覚えゲーっしょ」って言いかたをしてた。「てめぇ、そんなこと言ってっからダメなんだよ」って怒られてた。なぜこの言葉がピリっとさせるんだろうなぁ、ってこととかを考えて。自分の場合は美術史に興味がないから、誰々誰々誰々とかさ、業界で重要な人がいるじゃない。そういう名前を使いつつみんなで会話しているみたいな。すごい気持ち悪い状況なんで。ってことは全部覚えればいいんだって。そこに登場してくる人物をすべて覚えればルールが覚えられるんだ~みたいな感じで──

アラン:そうなってくるともう、やるだけでフィールドに立てますもんね。だけどそれで嫌な反応をするってのはやっぱ、暗記科目でしょって言われて数学やっている人がちょっと嫌な顔をするってのと同じことだと思うんです。

佐藤栄祐:それはいい話だね。覚えゲーが発生した後に次にどんなゲームがやってくるかというと、挨拶ゲー。

──なんだか退屈そうなほうへ移行していくんですね。

佐藤栄祐:退屈じゃないんだよ。これは皮肉的に表現しているだけで僕はこれをプレイングとして、クリアリングみたいな。スプラトゥーンでいう敵を全消しするみたいな感覚。なんか敵みんなあばれてるからウザいじゃん。そういうのを撃ち落としに行く感覚だから。挨拶って。覚えゲーの次は挨拶ゲー。重要な人に挨拶していくことが重要。梅津さんは批判が的確で気持ちいいよね。

アラン:定石とはちょっと違うんですけど、明らかに適切な一手とか応手とかってのは絶対にあると思ってて。だから、それと外れた変な手を打って、そしてその結果がおそらく悪い方向にいくだろうみたいなのが分かると批判していると思いますね。僕にしろ梅津さんにしろ。

──その辺の鼻を鍛えるのがアーティストには大事なんですね。

佐藤栄祐:面白いのがパープルームさんってのは美術大学生には嫌われますよね。

アラン:芸大生から嫌われますね。

──学生から? それは意外です。

佐藤栄祐:基本的には大学を批判してるじゃない。

アラン:確かに数値的には人気ないだろうなって、嫌われてるのはわかる。

佐藤栄祐:俺も嫌われてるんだよね。選択肢みたいのがなくって、ちょっと目立ってる奴が何かの入り口みたいに思ってるやつに腹たってて。

アラン:けっこうなんも考えてないんですよね。やっぱ。

──今回の展示によって、自分の中の何がクリアできたらいいな、解決できたらいいなと思っていますか?

アラン:簡単なところからいうと、批評家的なポジションの人や学芸員の人がゲームで遊んでいってくれたらいいと思います。展覧会で得られる情報って視覚とか聴覚とかいわゆる五感で感じられるものを持ち帰ることが多いと思うんですよ。ゲームのプレイで得られるものってそれらとはちょっと違う脳内の経験だと思うんですよね。ゲームを見ただけでそれがわかる人ってあまりいないと思うので。ゲームを美術展で展示してましたよね、っていう表面的な情報ではなく、ゲームで何を表現したかったのかというところまで気にして考えてくれる人が美術の業界人に出てきたらいいなと思います。それ自体はあまり達成しても意味ないかもしれないですけど。

──「展示を行う」というのは自分を納得させる理由を作るの難しいと思うのですが、どのように解決しましたか?

アラン:個展に理由って難しいというか、そんなもの実質無いですよね。だから今回は喧嘩を売るみたいな感じの「美術つまんねーよ」って感じの提案をしたいというのが展示自体の目的です。

──展示というゲームをどのように遊んだらいいのかさっぱりわからないんです。

アラン:見る方にも共通してなんですけど、展示を見ても意味ないと思ってるんですよ。展示する人間の行動を見ないと、何も分かんない。見る人なら「なんでこんな意味わかんない作品展示してんだろう」だとか、展示する人なら「こういうことしたら嫌がる奴いるだろうな」みたいな。その辺を考えると面白いかもしれない。僕自身、そんな意図をもって展示しています。

 

<プロフィール>

アラン


美術家・ゲームクリエイター
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