月刊アフタヌーンで好評連載中の『ブルーピリオド』もうみんな読みましたか? 東京藝術大学の油画科という倍率がとんでもない学科を、成績優秀・スポーツ万能の主人公が攻略していく物語。まだまだ物語は始まったばかりだけど、このドキドキを伝えたくて、作者の山口つばさ先生にインタビューをしてきました。
漫画家というお仕事
──すでにいくつかインタビューを受けたと伺いました。よく訊かれる質問ってなんでした?
よく訊かれるのが「なんでこの漫画を描いたのか?」ってことと、私が行っていた大学が藝大だったんですけど「なんで絵じゃなくて漫画にしたのか?」ということ。あとは取材はどうしているのか?とか。鉄板で訊かれるのはそのへん。
──ありがとうございます。それでは、それ以外の質問を今日は訊いていこうと思います。すでに公開されているインタビューを読んで、連載開始までに1年ぐらい編集さんと練っていたと伺いました。ボツになったアイデアってどういったものがありました?
3作品ぐらい出したのですが、そのうちのひとつがブルーピリオドの前身となるもので、残りの2つは全然毛色が違うものでした。
──美術と関係がないものだったんですね。
「ホラー」と「父と息子が親子で女装する」という漫画を描いていました。3つともボツになって、どれを詰めていこうか? という話になって美術の漫画が一番可能性がありそうだから、これを育てていくことになりました。
──漫画家向け漫画っていっぱいあるじゃないですか。「バクマン」とか「サルまん」などなど。編集者との関係性のイメージはついていると思うのですが、そのイメージと現実の違いってありました?
想像よりはピリピリしていなかった感じです。思っていたより優しくてびっくりしました。
──「数字との戦い」といった月刊誌としての大変さもあると思います。何で数字をとっていますか? アンケート?
アンケートもありますけど、一番は売り上げがあります。連載が続いていく定義って出版社によって違うんですけど、編集長が面白いと思えば、チャレンジさせてもらえることもあると思います。
──編集長とは会ったことありますか?
会ったことはまだないのです。
──単行本にするときに、どのような作業が大変でしたか?
単行本は「表紙」を描いて、「描き下ろし」っていうページが余ったところを埋めるためのページを描かなきゃいけなくて。さらに「書店特典」っていう書店で買うとついてくるイラストなどの3つがメインです。あとは修正をちょっとしたりといったところです。
──修正のボリュームは多かったですか?
絵の修正はあまりなかったです。文字の修正がメインでした。
──ずっと疑問だったのですが、絵の修正は生原稿をいじるのですか? それともコピー?
データなので。ペン入れまではやって、トーンとかはパソコン上で行なっているので修正はデジタルです。
プライベートと制作スタイル
──次に私生活についてなんですが、朝は何時に起きているんですか?
8時半とかに起きてます。
──早い。
私はわりと早い方で、夜は24時ぐらいに寝るっていう会社員みたいな生活をしています。
──家と職場は分けていますか?
同じです。起きたら朝ごはんたべて、9時から作業を始めて、夕飯つくって23時まで仕事というサイクルです。
──アシスタントさんも健全なお時間に働けているんですね。
アシスタントの方は、昼ぐらいから来て夜9時には帰しています。
──なんと。とても健全な職場ですね。
でも、漫画家さんって夜型の人が多いので、これはあんまり参考にならないと思います(笑)
──いえいえ、漫画の世界では深夜まで作業をしているイメージが強いので、生の現場を知れて新鮮です。山口さんは、ネームってさらりと描けるタイプなんですか? それとも苦労するタイプ?
ネームが一番大変な作業です。修正一番しますし、ブルーピリオドに関しては取材が必要な漫画なので。割と大変なほうです。技法の話をするときとかに、もちろん自分の知識から描くんですけど、確認のために本をいろいろ読み込んで描かないといけないので時間がかかってしまいます。
──そのチェック作業は大変そうですね。アイデアが出ないときってどうしてますか?
「こう思うんだけどどう思う?」とか友達に話を聞いたり、あとひたすら本を読むとか、インプットの量を増やす感じですね。
──いま作家として活動していて、影響を受けた人物とかはいますか?
小さい頃に読んでた漫画は「HUNTER×HUNTER」とか。あとは岡崎京子先生とか安野モヨコ先生とかがそうなんですが、生活に直結してるみたいな、その人の考え方がモロに出ている漫画も好きで。読んだ人の価値感が転換できればいいなと思っているのですが、それはそういった作品の影響です。
ブルーピリオドについて
──ブルーピリオドというタイトルの秘密は?
ピカソの青の時代ってあるじゃないですか。それが一番わかりやすいかなと思って採ったのと、青春時代の意味と、あと1話が渋谷が青いみたいな話だったので、それを掛けている感じです。
──主人公をなぜDQNにしようと思ったの?
絵を描いている人って変人で暗くてみたいなイメージがあるし、漫画のキャラクターで登場しがちじゃないですか。だからその逆をいきたかったんですよね。実際美大に入ってみるとDQNって割といますけど、イメージとして持っている人は少ないだろうなっていうのと、ヤンキーというか勉強も遊びもできるけど絵だけができないっていう風にしたかったというのもあります。
──他にヤンキー以外のアイデアってありましたか?
最初にネームで描いていたキャラクターは、キョロ充みたいな感じで、何にもできなくて、人の目を気にしてやっていく感じでした。でも編集さんに「何にもできないキャラが美術やるより、なんでもできる奴が美術やったほうがかっこよくない?」みたいな話をされて、なるほどという。
──今後の展開って、大きくどういう展開にしていきたいと思っていますか?
本当は美大受験漫画が描きたかったわけじゃなくて、美術漫画が描きたかったんですよね。でも、主人公が美術をまったくやらないところから始めたくて、とりあえず美大に入ろうってことで受験編を描いています。本当はそのあとのお金のこととか、美術がどのように回っているのか、作家がどのように食っているのかという話がしたかったので、大学入ってからの話、卒業してからの話も描けたらいいなと思っています。
──海外に行く可能性とかは?
もう全然やりたいなって思ってます。
──主人公は成長するの? たとえば乗り越える課題ってあったりするの?
今のところ、主人公が割と空っぽというか、何が好きとかあるわけでもなく。努力とか理詰めとかできるタイプだから、大学に入ってから苦労させたいんですよね。何が好きなのか? どういう理論でやっていきたい? というのを見つめる作業が大変なキャラクターです。
──賢くて何でもできちゃうからこその苦しみですね。そのキャラクターは自分が反映されていたりしますか?
モノローグの多い作品なので、ある程度は反映されてると思います。
──物語を書いてて、いろんな分岐点に突き当たったとき、何をもって選んでますか?
だいたい大筋決まってて、◯巻までに◯◯を終えるという大きな地図があって、その間を逆算してこの話を入れ込むぞという制作スタイルです。なので、分岐は細かくはあるけど、大きいもので悩むことはないという感じです。
──編集の方とはどういったところでぶつかったりしますか?
あんまり揉めないです。
──これまでどんなリサーチをしてましたか?
キャラクターが出てくるじゃないですか。そしてキャラクターが描いた絵が出てくる。それをある程度リンクさせないといけないじゃないですか。この人が描いた絵がこの人っぽいよね、という印象が大事だと思ってるので、キャラクターのストックとか絵のストックがけっこうないとキツくて。それで、大学にどういうつもりで入ったのか? どういうつもりで制作しているのか? ということをめっちゃ訊いてましたね。
──なるほど!
それで作品の写真があったら貸してくれない? という感じでたくさん送ってもらって使っているという感じです。
──美術業界の取材だったらどこに行きました?
学生時代の友人、そこから紹介してもらった美術関係の方、ギャラリーのキュレーターさんや、学校の先生、いろいろですね。
──自分のお父さんお母さんには取材はしましたか?
してないですね。お母さん描かない人なんですよ。お父さんがデザインちょっとやってる人なので、聞けばよかったけど、社会人なのでちょっとまた……毛色が違うかな。
──もちろんそういった面もありますが、娘が美大に行きたいと言ったときの心境…
たしかにたしかに!
──漫画本編だとそのあたりがサラリと描かれていたので嬉しかったです。漫画だと家族の喧嘩って「予定調和トラブル」なので紙面が割かれると辛いところでもあります。逆に、そのあっさりしたところ、家族の絆が強いんだか弱いんだか分からないところが気になりました。
なんだろう。うちの家ともちょっと違うんですけど、だいたいのお母さんって「なんかよく分からないけど、頑張りたさそうだから、頑張りなさい」という態度だと思うんですよ。美術をやるってことの正体が分かってないけれども、応援しようというところなんですよね。ブルーピリオドも。そのあたりがリアルかなという気持ちと、話としてメインじゃなかったので。当初は3巻で芸大の受験が始まるぐらいのスケジュールだったので、あんまり回り道しちゃうと脱線しちゃうからサラっとでいいかなと。
──主人公の親族、たとえばおじいちゃんとかでもいいんですけど、誰かを画家とかにする予定はなかった?
あんまり考えてなかった。スポ根系の漫画の主人公って、小さいころから世界的な人に出会う話が多いので、それがあんまり好きじゃなくて。リアルでは無いじゃないですか、そんなこと。
──確かに。そういった展開だと「努力」じゃなくて「血」だったのかよ! という残念感はありますね。
そうそう。「みにくいアヒルの子」的な。何も特別じゃないけど、頑張っていくという話が描きたかったんです。
──今、本編では天才的なライバル・キャラクターが登場したじゃないですか。彼の他に越えられない壁のような目標を設定すると、物語が進行させやすいと思うんですが、そういった人物の登場予定はありますか?
しばらくは受験の話なんで、基本的には個人的な戦いじゃないですか。勝つも負けるも……負けるのは自滅だと思ってて。漫画的な展開でいうと、絵でバトルするっていうのはあんまり現実的じゃないなと思って。それはちょっとさせたくなかったんですよ。越えられない壁はいくつか、いろんな意味で、いろんな側面でのハードルは用意しておきたいなって思います。
──他に、ブルーピリオドについてよく訊かれることってありますか?
なんだろう…。
──たとえば恋愛要素は入ってくるんですか? とか
まだ分からないですね。
──読者って男性と女性どっちが多いですか?
男性じゃないですか? アフタヌーンが男性誌なので。
──自分の性別と主人公の性別が違うと描きにくかったりする部分ってあるんですか?
女性の主人公だとけっこう距離が近すぎて暗い話に落ちがちというか。地味な話になりやすいから、距離があるほうが描きやすいかな。
──ネームの最初の段階で主人公が女の子だったりということも?
なかったんですよね。ちょっと考えたこともあったけど、美術って上の方は男性社会じゃないですか。芸大の先生にぜんぜん女がいないとか。だから今の段階で先生は全員女にしてあるんですよね。八虎がマッチョになりすぎないようにバランスをとっているつもりです。
──大学を出た後のことは何か考えているの?
大きくはまだ未定です。
未来について
──今後描いてみたい話とかありますか?
んー。無理かなって思うけど、宗教にちょっと興味があるので、宗教の話が描きたいですね。
──それは面白い。
けっこう問題が起きやすいタイプのモチーフなので、かなりグレーかも。
──ちょっと話は逸れるのですが、連載している作家同士って仲よかったりするんですか?
人によるとしか言えないと思いますが、自分も含めて作家タイプって孤独が大丈夫な人が多いんですね。篭って創作して発表することに慣れているし。でも、私の知らないところで「この作品面白いですよ」ってブルーピリオドを紹介してくれていて、みなさん優しいですよ。
──ふーん。
あと個人的には業界が遠い人の方が仲いい人が多いかもしれません。「萌え系」とか「エロ漫画系」の作品を描いている人が友達には多いです。
──最後になりますが、これから漫画家を目指す人に一言ありますか?
たくさん見て、たくさん描くしかない……という感じですかね(笑)
──ありがとうございました。
追記。すごく大切なもの。
──めっちゃ描きたいものと、売れるために描いているものの違いで悩んだりする? 今はかなり売れるほうに寄せていると思うんだけど、自分の狂気だったり性癖だったり折り合いをどうつけているの?
そのあたりね。インタビューじゃなくて、普通に友達に訊かれるんだけど、ブルーピリオドは言いたいことは変えてなくて、やり方を変えているって感じですかね。
──そうなんだ。
性癖、性癖ね……。なんだろう。売れるものとやりたいことって別ってよく言われるけど、そんなに私は乖離してなくて。むしろ自分の言いたいこと言うためには、売れるほうが言いたいことを聞いてくれる人が増えるじゃないですか。その辺は寄せてるってほどじゃないけど、しないように気をつけてることとかはあるってぐらいですかね。
──おー、それ一番重要なアドバイスだな。同世代のアーティストを見ているとそこで苦しんでいるところが多かったので、その話が聞けてよかったです。勉強になりました。
むしろ、これ売れそうじゃね? っていうものは意外と響かない……っていうか。「これ売れそう」と「これ好きだ」があったとき後者のほうが私は好きですし、それはしてもあまり意味ないかなって。
──「批判」とかそういうものから自分の心を守るためにはどうしたらいいんですか? 先生。
えー(笑) 筋トレとかですか? みんなどうしてるんだろう。
──筋トレ! 筋トレしてるんだ! どんなメニューを?
普通にウェイトトレーニングやって……
──普通にジムに行ってるんだ。
24時間ジムあるじゃないですか。あれ行ってて、割と毎日行ってますね。
──それ超大事だ。村上春樹も走ることについて本を書いていて、やっぱり作家を守るのは筋肉なんですね。
うんうん。
──何人ものキャラクターを扱うということは、そっちの世界にもっていかれてしまうから、精神をやられないための防御スキルが筋トレなんだ。聞けて良かった。
健康大事。長時間描くためには筋肉は大事です。
<プロフィール>
山口つばさ Tsubasa Yamaguchi
四季賞2014年夏のコンテスト佳作受賞。2016年8月新海誠のデビュー作のコミカライズでデビュー。その後2017年6月より月刊アフタヌーンにて「ブルーピリオド」を連載中。