MCウクダダとMC i knowの新MVが見せる新境地

7月22日に「MCウクダダとMC iknow」による新MVが公開された。
これは2人の新しい地平への挑戦だと感じた。
とはいっても楽曲自体は2年半ほど前に完成していた。
SoundcloudやYoutubeでは公開しないものの、ライブではよく披露していたのを覚えている。

今回はこの『びあいっつぴーく』という楽曲について、彼女らの過去の楽曲と照らし合わせながらその背景を探っていこう。

まずは2015年の7月に公開されたMV『7月のバッドアイデア』を視聴いただきたい。

ここにおいて、彼女らは何度も「二律背反」を披露していく。
「楽しみたい」「楽しめない」「けどやっぱり夏だしなぁ」
「外で走りますか?」「焼けたくない」「ここで登場日焼け止め」
そして歌の最後には「いつものメンツで熱血社交場」つまり「気になる彼との危険な恋」はどこかへ行ってしまったのである。

これらで表現される”願いが叶わない” “矛盾を抱えた気持ちがあっても問題ないよ” というのは『MCウクダダとMC iknow』を語る上で重要な主題となってくるので覚えていて欲しい。

「サマータイムマジック信じてる」などの「びあいっつぴーく」にも通じるフレーズもここで完成していることが伺える。

そして歌詞の中には「ビーチパーティ」や「熱血社交場」(国際通りにあるクラブ)などの沖縄ならではのキーワードも散りばめられている。『DA PUMP』『SPEED』『ORANGE RANGE』などの沖縄系譜にあることを自覚しつつ、また当時とは状況違うことも受け止めていることの表れだ。そしてMVは自分たちが会社員であるということをモチーフに、パワーポイントという意匠で彩られている。「夏なのに会社でディスプレイを見ている自分、海に行きたい気持ち。だけど、いざ行けるとなったら日焼けがめんどいから行かない」というメッセージを軽やかに歌っているため、そんなに重さも感じず、シリアスな感じはない。

このMV公開の2ヶ月後、2人はりんご音楽祭2015に出演し、沖縄県外での活動も活発化していくことなる。

(びあいっつぴーくMV監督の「こへぴっぴ」が、この時点で撮影としてクレジットされているのも興味深い)

『サイキックガール』では「あの子を知りたい知りたい」と言っているが結局「あなたは私を好きにな〜る」という催眠術の定番ワードを唱えてなんだかんだ解決しないのである。ここでも “願いが叶わない” が再度強調され、もはや「それは本当に叶えたい願いなのか?」という疑問すら生じる構成になっている。これは(沖縄という)場所に関係なく、どの人間にも感じたことのある疑問だと思う。「今何が本当は食べたいのか?」など、自分の欲望すら霧の中に埋もれてしまうことがある。曲をリリースするたびにこの部分を強調することで万人に伝わるメッセージが徐々に形成されていき、今回の大ヒットの一因となったと考えている。


次に『GOHAN』を紹介したい。聴けばすぐ耳につく「痩せたい」「食べたい」というリフレイン。まず多くのファンが『MCウクダダとMC i know』の代表曲として上げるだろう。コアのメッセージとしてはすでに紹介したとおりのことを歌っているが、より「痩せる気ないだろ!」とつっこめる楽曲に仕上がってる。「痩せたい・食べたい」という初見のお客さんでも一緒に叫びやすいサビはライブでもっとも盛り上がるポイントだ。


最後にこちらが直前2017年にリリースした3日前までは最新MVだったものである。モテたい、食べたいときて、ようやく『ね・む・た・い』がやってくるという三大欲求コンプリートソング。その極地がここにある。気を張らない彼女らしいMVに仕上がった。歳を重ねて”照れ隠し“もレベルが上がってきて、この頃になると楽曲中の「2人の素の雑談」は収録されないことが多くなってきた。『7月のバッドアイデア』ではセリフのように「ナンパされないかなぁ」と入れたりなどの遊びが入っていたが、これ以降では「歌詞やMV」で表現されるようになる傾向が強まってくる。そしてついに歌詞から「沖縄の匂い」が消えた。県外での活動を通じて世界一般へ受け入れられるようカスタマイズを2人はしっかりしているのである。……と、かっこよく言いたいところだが、この直後『D.T.$.P.』(どん亭スペシャル)という楽曲で一気に隠していた地元愛が爆発するのだが。(※どん亭というのは沖縄県でシェア1位の牛丼屋さん)

ここまでで、2人の系譜をざっくりと説明してきたが、いよいよ本題のMVである『びあいっつぴーく』を聴きながら、2人がなぜ新境地へと飛び立ったのか解説していこう。


まず楽曲完成からMV公開まで2年半の年月が経っていることも、彼女らの熱意が分かる。この曲だけは「簡単にネットに出したくなかった」のである。だからSoundcloudにもアップしなかった。そう推理する。楽曲を提供したnagomu tamaki氏も徹底して沈黙を決めた。過去の楽曲の歌詞と比較しても内容が大人として成熟した内容になっていること、これはMVも含めて2人の強いメッセージを感じる。

もう若くないから、とかまだ人生も前半も前半
なんだかんだで腰も重くなって脳内計算
それもいいけど大胆にさ。

ここはもう、MVに対する予言すら感じる。きっと彼女らは2年前からこの曲をMVにするために動いていたはずなのだ。年齢を重ねていくほどに重くなる身体に鞭打って、今年最大のギャグをぶちかましたのである。いままでの「ゆるゆるMV」の系譜から、一気にプロっぽい映像へと跳躍することで「よりギャグになる」ことをバッチグーなタイミングで見せてくれた。

「ねるねるねるね」というお菓子の粉を吸うシーン

沖縄に住んでいれば嫌でも入ってくるアメリカ文化。それはi knowが持っている過剰に大きなラジカセに現れている。ついに二人の憧れはドラッグにまで達したが、そんなものはもう手に入らなかった。

セックス・ドラッグ・ロックンロール?
ああ、知っているよ。
映画で見た。
でもここには無い。

という達観した今という絶望をみんなと共有したい。そんなメッセージは今までの軽い楽曲には含まれていなかった。いや、彼女らのテクニックによって絶妙に隠されていたのかもしれない。

上記のシーンはドラッグカルチャーを模倣したシーンだが、もちろんドラッグなんてやったことはない。
すべてそれは過去のものだからだ。
黄金時代はすべて過去のことなのだと歌っていく。

カラオケを模したカット。黄金の90年代を想起させる。

沖縄の要素の出し方もより巧妙に隠されていて、外ロケのシーンも沖縄の海なのかどうかよく分からない場所を選択し、沖縄アクターズスクールのような衣装に身をまとい独特の踊りを踊る。よっぽどの沖縄ファンでなければ元ネタは分からないだろう。

ウクダダが首に下げる人形はハンバーガーチェーンA&Wの「ベア君」である
「押して引く」「それはいつ?」に呼応して前後するカメラ

「押して引く」「それはいつ?」などのリリックに呼応して、カメラも前後に押したり引いたりする。この機微の妙は映像チームである「South Nerd Film」の手腕だろう。またこの映像を成立させるための広い部屋も、また沖縄ならではであり、彼女らのメッセージの一部となっているのだろう。(恐らくだが、ハウススタジオを借りたのではなく、友人宅や知人の店舗をロケ地として使ったのでは無いかと考えられる)

彼女らの「レペゼン◯◯」は本物である。MONGOL800の『琉球愛歌』を例に出すまでもなく、そもそも歴史の中に生きているので、地元のものを全国流通に乗せることはDNAレベルでやってのけてしまう。

あなたの最高を教えて、たとえば水に浮いた夏の午後
音楽とコーヒーとパンのこと予定ない休みの雨の音
ピークは突然やってくる だから気を抜いててちゃいけないよ
そのときそのときで受け止めなきゃ。ね、わかるでしょ?

すべてが終わったと表明しておきながら、ポジティブなフロウが続く。私はここのシーンが大好きだ。歴史と人生が重なってとてつもない味わいが生まれてくる。20歳〜25歳までのフロー状態とは違う、26歳〜29歳を体験して「懐かしむ」という感情を表現するようになった。それでも重くなりすぎないよう配慮して書いていることに手が震えるほど感動してしまう。歌っているのはウクダダだが、歌詞を書いたのもウクダダなのだろうか? 通常であれば”照れ隠し“のため書いた人と歌う人はズラすのが定石だが、今回に限り歌っている人と書いている人は同じなのでは無いかと想像する。そして意味深に繋げたフロウに対して、i knowの返事は以下のとおり。

パフェを食べたい。500g痩せた。目覚ましより早く起きれた。
大好きな曲聞いて頭振ったり、好きな人の写真保存したり。
黄金時代謳歌したい。振り返ってわかる自分のピーク。
ハッピーエンダウン調子いいこのグラフ、たぶん今も更新最高記録。

「ね、わかるでしょ?」に呼応し、わかっていることをラップするi know。もうここに照れ隠しは存在しない。小さい喜びを見つけて「今」に集中するという二人の成熟を見せつける。

サビ直前、語りかけてくるウクダダ

そして2人のシーンの直後、奇妙な色使いのバーで二人は語りかける。必ず一人がカメラ目線で、もう一人が目線を外している。このことから私はここのシーンで歌われている歌詞は2人で一緒に書いたのではないかと推理したので、以下のように解釈する。

そのときそのときの瞬間
肝心なものだけ受け止める
分別作業うまくできたなら
もうすこし欲張って生きていけるかな
あのころは最高、なんどもリワインド
最高も最悪もいつもそばにあるよ
今を愛し、過去に恋し、未来を夢見る
あすの朝食を想像しニヤける日々を

後半の「愛」と「恋」と「夢」に向かってじわじわと助走をつけていく。なんといっても「分別作業」である。ぜんぜん2人らしくない。若い頃は考えられないような単語チョイスである。ここでいう分別作業というのは「押す」と「引く」のバランスである。自分の欲望を満たすか、相手の欲望を満たすか。そのバランスが取れないうちは、奇妙に萎縮してしまい逆に欲張っていけないものである。そんなことをこんなカラフルに歌詞に落とし込めるなんて、二人はこの楽曲によって今までとは違う地平へ言ってしまったと、ここで、今ここで強く感じた。みんなもそう思うだろ?

部屋いっぱいにスモークを焚き、クラブシーン出身であることを暗示する

それでも二人は未来への想像力を提示することに”照れ“を感じるのか、「あすの朝食を想像し」などどボケてみせてしまうのだが。そこがまさに愛せるポイントでもあり、2人の魅力でもある。

ところで、映像を見て部屋にスモークを焚きすぎでは? と感じなかっただろうか。これはクラブなどでレーザーを見えやすくするための措置であり、クラバーならお馴染みの機材なのだ。2人は県内ではよくクラブでライブをすることも多いので「見通せない未来」と「煙」をかけて映画っぽい画面を演出したのだと思わせる。高級なソファ、大きなテレビ、自分名義の車。物質に恵まれているけど、煙で燻されている自分たちを重ねていて、私はなんとも言えない気持ちになる。

もう「眠たい」のである。

過去に登場したモチーフがレベルアップして再登場しまくっているのは前述の通りだが、さらに新しいモチーフも登場している。

もう若くないから、とかまだ人生も前半も前半
なんだかんだで腰も重くなって脳内計算
それもいいけど大胆にさ

最初に引用した歌詞の部分だけれど、ここは語りかけるように歌われている。自分たちに向けて、そしてお客さんに向けて。お客さんに啓蒙するような歌は彼女らは歌ってこなかった。常に自分の欲望と、相手の欲望について歌ってきた。ここにきていよいよ、(歴史を知らない)第三者が想定されている。これまでの沖縄サウンドの歴史と同様に、それを伝えていくポジションとしてのラップと矜持を見せてくれた。もうここまできたら『MCウクダダとMC i know』は後ろには戻れない。前進あるのみである。

 

<プロフィール>

MCウクダダとMC i know

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