汽水域の旅─食、観光、風景(2,3月の新刊紹介)

ブックレビューの専門家である書評家・永田希さんをご存知ですか? 10年前から「Book News」を運営してきた永田さんと、写真家・石田祐規さんを聞き手にお迎えして、毎月本を紹介する連載「汽水域の旅」がはじまります。海水と淡水が入り交じるのが汽水域、刊行予定の本と刊行されたばかりの新刊とをまとめて紹介することをこの汽水域の旅にたとえています。この「旅」が今後どのように転がっていくか、いやどのように「流れて」いくのか、はまだわかりません。まずは第1回、はじまりはじまり……。

 

永田:今回の1冊目というか、3月の新刊で気になっているところから挙げていこうと思います。今後も、まず前半で刊行予定の本や新刊について紹介をして、既刊の本については後半に説明をする、という感じでやっていこうと思います。

これから出る本、近刊の情報って「まだ出ていない本だから知らないよ」って思う人もいるかもしれません。でもこの連載の読者の皆さんには書店に予約をするようになって欲しいというのがあって。なんでかというと、書店に予約が入るとニーズがあるっていうので、版元さんと著者さんに印象が伝わるんですね。ひとりひとりは一点一点なんだけど、そういうのが各地方から集まってくることで版元さんとか著者さんの意識が変わるので、それが非常に重要だろうと。とりわけ最近Amazonが躍進しちゃっている関係で、本を予約するというのが比較的マイナーになってきてて。版元さん著者さんのモチベーションについては、これからも繰り返しこの連載で強調していきたいと思っております。

ということで新刊から。3月の新刊で最初に僕が挙げたいと思っているのが『ファッションフード、あります。』という本です。

ファッションフード、あります。: はやりの食べ物クロニクル

これは文庫化なんですね。数年前にもとの本がパルコ出版から出ています。これはどういう本かというと、第二次大戦以降の日本においてどういう食べ物が流行ってきたのかというのを紹介しているんです。たとえばラーメンが流行ったりだとか、エスニック料理が流行ったりだとか、それこそマクドナルドが最初に銀座に出てきたりだとか、ロイヤルホストがどういう風にマーケティングしてきたかというのを紹介している本なんですね。これが文庫化されることによって、今まで以上に読者が増える。この本は、この本を読むことによって世界の見え方が変わる本です。たとえばいま僕たちはデニーズに居ますけど、この本を読むとデニーズの見え方が変わる。マクドナルドの見え方が変わる。僕にとって一番印象的だったのはエスニックフードの流行があったというところに触れているところを読んだ時で、それ以来、エスニックフードが街中にあるのを見るにつけて、印象がやっぱり変わるというのがあって。印象が変わるというか、なんでこの日本にエスニックフードがこんなにいっぱいあるのかがわかるんですよ。1980年代に、外食産業として、外食でチャラいことをするのが流行っていた経緯があって、それの残り火が未だにあるんだな、っていうのがエスニックフードを見るたびに感じられるようになる。単に街を歩いてちょっと飲食店の横を通りすがるだけで、日本の文化的な地層というのが見えるようになる。アースダイバーみたいなのがかつて流行ったけれども、それの飲食版みたいのができるようになるための本ですね。

ファッションフード、あります。』は、初版時はあの祖父江慎さんがかかわってけっこうかわいい装丁で出ていたのだけれども、それが文庫化されることによってハンディになるので持ち歩けるようになるんですね。街と本というものの関係において文庫って非常に重要なのだと思います。解説も新しく付くので、その内容は分からないけれども、それも楽しみです。

初版時の装丁 

この著者の畑中三応子さんはメトロミニッツにもテイスティングブックっていう連載をやっているので、それも併せてチェックしてみてください。

飲食関係の3月の新刊としては、それこそロイヤルホストとかマクドナルドもそうだけれども『近代日本フードチェーン』というそのまんまのタイトルの本が出ます。あと日本と食べ物でいうと、ご飯。お米のご飯が日本の国民食だみたいなことを言われているけれども、まさに『稲の日本史』という本が出ます。あと、もうひとつ日本の食材で特徴的なのに醤油っていうのがあると思うんだけれども、そのまんま『醤油』っていうタイトルの本が出ます。

それから『世界のかわいいお菓子』、『風味は不思議』っていう本が出ますのでこれもチェックしておきたいなというところ。

ここまでは文化的な側面から食べ物を扱った本なんだけれども、もうひとつ『トマト缶の黒い真実』っていう本も出ます。

 

石田:面白そう。

 

永田:フードジャーナリズム系の本なので読んでみないと、怪しい本なのかちゃんとした本なのか分からない。

 

石田:『買ってはいけない』みたいな。

 

永田:そう、買ってはいけない系かもしれないので。

 

石田:タイトルからしてちょっと怪しい。

 

永田:怪しいんだけど、これ系の本はだいたい、批判的に読むにせよ真面目に読むにせよ、いずれにしても面白い本が多いのでチェックしています。ここからは、このあたりに関連した既刊本の話ね。

まずは『ファッションフード、あります』に関して言うと、原書房の「お菓子の図書館」っていうのと「「食」の図書館」という似たようなタイトルのシリーズが定期的に刊行されているのだけれども、例えばそのなかの『チョコレートの歴史物語』っていうのがあります。先月は2月だからバレンタイン繋がりで触れておきたいなと。この「お菓子の図書館」と「「食」の図書館」のシリーズは、これまで色んなテーマを扱ってきました。チョコレートの他にアイスクリームだとか、あとミルクとかスパイスとか。『ファッションフード、あります』は日本の戦後にフォーカスしていますが、「お菓子の図書館」と「「食」の図書館」のシリーズはもともとは英語圏で刊行されていたひとつのシリーズからセレクトして翻訳刊行してるものです。人類史的なスパンを基本として、植民地時代以降の話になることが多い印象。同じ版元から、この間は『密造酒の歴史』とかっていうのも出てましたね。さっき触れた3月刊行予定の『風味は不思議』も原書房です。

様々な飲食に関するキーワードで世界史を読み解いていくと、自分の生活と歴史がダイレクトに結びついて面白いですよ。チョコレートとか、コーヒーとか出始めはヨーロッパで薬品、とりわけ媚薬とかという形で扱われる。さっきの食べてはいけない系じゃないけど、医療と飲食って結びついてだいたい胡散臭い話と結びついて流行するんですよ。もちろん山師みたいな人がどこかから持ち込んで流行らすというのが大体なんだけど、企業家ですね。

社会問題系に関しては、藤原辰史さんの本を挙げておきます。美術手帖とかにもなぜか書いていたりするのだけど、農学部の先生ですね。この人の『食べること、考えること』っていう本があります。これは色んな食に関するエッセイをまとめたもので、TPPとか、トラクターの歴史とか。戦車の歴史の中で人を殺さない戦車っていう形でトラクターを取り上げた論文があったよねっていうのに関するエッセイを載っけたりとか、台所の未来とか。食というものを社会的に捉えた面白い読み物です。この藤原さんの本領発揮っていう意味では、代表作『ナチスのキッチン』っていう──

石田:これ知ってる!

 

永田:いやだって、これ持って、ご本人と一緒に渋家に行ったことがあるから。

 

石田:だからか! なんかすげぇこれ気になってた。

 

永田:ナチス時代に、いかに食い物っていうものが国によって動員に使われたかという本です。食っていうのと社会っていうのが結びついているっていう本ですね。実証的にいろんなことを扱ってます。この藤原さんが『稲の大東亜共栄圏』っていう本を書いていて、それは日本の植民地、満州とか台湾とかそういうところで第二次大戦直前、もしくは第二次大戦中に稲っていうものが日本のナショナルアイデンティティを担ったものとして、各地で美味しいお米、いっぱいとれるお米ってのを作るべく、品種改良を続けて行ったっていうバイオテクノロジーの歴史を追った本です。『稲の大東亜共栄圏』を先の『稲の日本史』と結びつけて読むと面白いではないかと。あと『稲と米の民族誌 アジアの稲作景観を歩く』という本もある。これは「総合地球環境学研究所名誉教授、人間文化研究機構理事」っていうすごい肩書の、やっぱり農学者の佐藤洋一郎さんの本ですね。稲って日本の国民食みたいな言われ方をしているけれども、実はコメっていうのを主食にしているのは日本だけじゃなくて、東南アジアにもけっこう多いんですよ。タイ米とかが有名だけど。どこの国でも自分の国だけがコメを主食だっていう風に考えていたっていう。

 

石田:へぇ~~~!

 

永田:この『稲と米の民族誌』と『稲の大東亜共栄圏』っていうのと、この『稲の日本史』っていう読み合わせるとご飯を食べるときにお米のイメージってのがグっと変わるんじゃないかと思います。それは主食ってテーマの話だけど、日本においては稲じゃないですか。実は世界的には麦の方が消費量多いんですよね。三大穀物っていうと、小麦粉・とうもろこし・稲なんだけど、小麦粉とご飯のほかに、芋を主食にしている地域もかなり広い。やっぱりNHK出版で『人間は何を食べてきたか』っていうシリーズがあります。これは全然新刊じゃないんだけどいい本で、本がいいだけじゃなくてNHKって書いてある通り、動画とセットなんですよ。しかもプロデュースしているのが実はジブリで。ジブリのDVDシリーズとして、全然アニメじゃなくて食い物を世界中に行って、世界中の辺境に行って、そこでどういうものを人が食っているのかというのを追うという、「世界の車窓から」の食い物バージョンみたいなやつがあるんですよ。ツタヤとかにたまに置いてあります。探してみてください。それをジブリが出しているんですよ。ジブリアニメの食い物描写で登場人物美味しそうに食べてる料理が、美味しそうなだけじゃなくってちゃんと考証もしているんだなというのが分かるシリーズです。

 

石田:はえ~~~!

 

永田:食べ物と文化の結びつきってのがすごいよく分かるんじゃないのかなということでですね。ぜひこのシリーズも読んで欲しいと思っています。今日ぼくが持ってきたのは『麺・イモ・茶』ですよね。はぁ……ちょっと息切れしちゃった。えーと、どこまで話そうとしたんだっけな。ちょっと休憩してもいいですか?

石田:もちろん!

 

永田:そうだ。お米に関しては『あきたこまちにひとめぼれ』っていうマンガが最近刊行されてます。最近グルメ漫画が多様化しているんだけれども、これはお米の品種にフォーカスするっていう。この作品はグルメ漫画の表現の面白さを追求している作品でもあるので普通におすすめです。さっき、食べ物の話で触れたかったのが、速水健朗さんの食べ物に関する『ラーメンと愛国』っていう本がその『ファッションフード、あります』の初版が出たときと同じ年に出ているんですよ。この2つが同じ年に出ていることに関しては『食に淫する』という同人誌の関係者の人が触れていたんだけれども。

石田:へぇ~~!

 

永田:速水健朗さんはかなり多岐にわたる視界というか、すごくひろい射程で仕事をしているライターさんで、たとえば東浩紀さんのゲンロンの出している機関誌面、現在だと「ゲンロン」という名前になっているけれども、それが『思想地図β』という名前だったときにショッピングモーライゼーション、ショッピングモールというのをテーマにした企画がありました。そのときの編集者だったんですよ、速水さん。

ライフスタイルと食というのが出会うためには、それを売るための場所と流通というのが非常に重要になってくるんですね。で、流通を司る交通インフラみたいなところに速水さんは注目していて、鉄道とか自動車ですね。今の物流の9割はトラックが運んでいるという説があるです。カウントの仕方によって海運のほうが多いんじゃないかとかって話もあるんだけど、それは置いておくとして…。鉄道と自動車っていう流通インフラから、現代的なライフスタイルを見ていくみたいなことを速水健朗さんはしている。『ラーメンと愛国』では、戦後日本の、小麦粉を大量を輸入しなければならないという政治的な側面からラーメンというのを捉えるという本でした。

 

石田:面白そ~~~!

 

永田:そっから何の話をしたいかというと、ショッピングモールっていうのは、ゲンロン、とりわけ東浩紀さんにとっては観光というものと結びついているということですね。要するに地産地消じゃなくて、どこかで生産されてどこかで製造されたものがとりあえず集まってきてチャラく買えるみたいな、モノとヒトとの結びつき。場所っていうものから切り離されつつ、その切り離されたはずの産地の気配をまといつつ、ごちゃごちゃと集められて互いにフワフワと結びついてるっていうのが、東さんの中でおそらく非常な重要。それが現代的な消費とかライフスタイルっていうものですよと。それについて去年書かれたのが『ゲンロン0 観光客の哲学』。速水さんは去年の一番印象的だった本としてこの『ゲンロン0 観光客の哲学』を挙げています。その東さんが言っている観光というテーマが実は重要ですよと。

観光がどう重要かというとまず経済的なレベルで言うと世界的に観光業、観光産業というのはどんどん開発されてきているんですね。世界がだんだん平和になってきて、各国間を移動するにあたって治安が改善されるだとか、観光のためのインフラが出来上がってきている。観光というビジネスモデル自体が非常に最近出てきたもので、それが産業として開花してきている。

哲学的には、「他者」という20世紀のテーマの読み替えとして「観光」が提示されています。キリスト教における神みたいな、まったく相容れないような「他者」というものを考えて、そいつに対していかに自分が寛容になるか。あるいはいかにそいつに殺されないようにするか、みたいなことを考えるっていうのが、20世紀の哲学の主流だったんだけれども、「絶対勝てないやつにどうしたら勝てるか」というのは単なる無理難題でしかなかった。そうじゃなくって、どういうテーマを立てれば21世紀に哲学をすることができるのかっていうのを考えて、そのときに「他者」ではなくて「観光」がいいんじゃないかという。20世紀の他者っていうのは、例えば死んじゃった人のことなんですよ。もう一回会おうとおもっても絶対に会えない人じゃないですか、死者って。もういちど会って「ごめんなさい」と言うことができない。とか、あのときお前が言いかけたの何だったのかとか確認することができない相手っていうのが他者。絶対に自分を許してくれない、あるいは絶対的に解き明かすことのできない謎を与えてくれるやつってのが20世紀のトピックとしてあったんだけど、それって定義上「絶対◯◯しない」という存在なので、考えてもしょうがないだろうっていう。いや、しょうがないとまで言ってないけど、袋小路にはいちゃった。それに対して、東さんが観光というものを考えるときにたとえば観光客ってとりわけ最近の観光客って京都行きまして沖縄にいきましてって言った時に非常にチャラく、その場にある観光物を見て、ドラマチックな気づきみたいなものをみんな求めにいくんだけど、その場合の気づきってドラマ・小説とかで先に与えられている気づきを再確認しているだけって言われて。20世紀には、観光なんてものは本当の出会いじゃない、本当の出会いっていうのは「他者」みたいなやつで、まったく確認できない、あれがなんだったのかわからないものと出会うのが他者であり、他者と出会うのが本当の観光だって言われてたんだけど、そんなこと言ったら誰も観光に行かなくなるので、そうじゃないですよと。観光ってのは、まあけっきょく20世紀的な他者に出会う可能性が本当はあるんだけど、その可能性がありつつも、だいたいのばあいは再確認でしかないような何か。そこに行かないと接続できないもの。たいした接続じゃない、ちょっとした接続ができるものをするために観光している。絶対的な否定性を論じるのではなくて、大したことなさを否定せずにやっていこうよ、というのが東さんの「観光客の哲学」だったんですよ。

さて、観光っていうものが再評価されているというのはマクラでして。3月に刊行されるなかに『ツーリズムの地理学』っていう本があります。ツーリズムっていうのは観光のことです。観光において地理がどのように関わっているのかという本がどうも出るらしい。これも気になっています。言い忘れていたんだけど、観光したときに人々は何を眺めるのかというと風景を眺めに行くんですね。観光に行って自分が見るものを風景と呼び出すのが近代だっていうような話があって。

 

石田:へぇ~~~~!

 

永田:風景と近代性に関してはこれも去年出た本で佐々木敦さんの『新しい小説のために』っていう文学論で、柄谷行人が、1980年代に発表した『日本近代文学の起源』という名著に言及しつつ、その第1章「風景の発見」について論じてる箇所があるんです。文学論なのに、ここで問題になるのは絵画や写真といった視覚的なジャンルで、それらとの緊張関係において「新しい小説」を論じるという本という側面があって。映画の問題とかも関わってくるんだけども、ともあれ、絵画や写真における風景とは、どうせ忘れさられてしまう他愛もないものでありつつ、それは文学においても主題化されつつ忘却されてしまうものなんです。

柄谷行人が風景っていうものに着目したのはどういうときかというと、彼がアメリカのイェール大学に行って教鞭をとっていたときなんですね。高度成長期を経た、バブル期の1980年代の日本からアメリカに行って、だけど、当時の日本ってたまたまそのときにイケてるだけの新興国でしかなくて、文化の中心はやっぱり西洋にあったわけです。そこに日本からやってきたある種のイケてはいるけど世界的には田舎者の柄谷行人が、自分を発見するってタイミングがあるんです。そのときに柄谷行人が発見するのは何かっていうと「あ、これ夏目漱石じゃん」ってなるんですよ。夏目漱石は明治期に開国したばかりの日本から、国費をかけてロンドンに留学させられる男です。小説っていう文学っていうものが文化の中心を担っているらしいと。俺はそれを当時の最先端であるロンドンで学ばないといけないんだけど、超わかんねぇ、みたいな感じになって困って帰ってくるという経験を夏目漱石はしていて。そのときの漱石っていうのを自分は1980年代になって再度やりなおしているっていうのが柄谷行人です。そのときに見つけているのが風景なんですね。景観をどのようにとらえるのか。漱石と柄谷はそれを形式主義的、客観的に捉えようとしました。これは写真論、絵画論、それから最近のゲンロンまわりで熱く議論されているメディア論的な問題でもあって非常に興味深い。景観というもの、風景の捉え方が、どう移り変わっていくのか。どう変わってきたのか。景観そのものも当然都市開発とかで変わるんだけど、見る側もここ数百年で変わっているはずなんです。そのあたりをフォローしているのではないかという本が、今度出る『景観史と日本史』。これも気になっています。非常に紛らわしいんだけど、去年出た本で、東浩紀に名前が似ている東秀紀って人がいるんだけど、その人はツーリズムが専門で『アガサ・クリスティの大英帝国』という本を去年出しています。東浩紀の「観光客の哲学」というのが去年それなりにヒットしたんだけども、ヒットしたよねってだけじゃなくてもうちょっと掘り進めたい人にとっておすすめしたいっぽい本が、今月まとめてダーっと出ますよって話。

 

石田:へぇ~~~~~~!

 

永田:もうひとつ、「日本の中でもあちこち観光したい」という人のためには今月出る『近代日本の地域と文化』という本も出るので、それもちょっと気になりますね。

 

石田:食と観光ってがいいなと思ったのは、どっちも流通の話じゃないですか。

 

永田:そうなんですよ。

 

石田:これを極めたら地球の歴史が掴み取りやすくなるなっていう気がしました。

 

永田:青土社の『現代思想』っていう雑誌で「物流スタディーズ」という特集があって、それ超おもしろいので是非よんでみてください。で、ザハ・ハディドの話を『ゲンロン0』話のときに言い忘れてました。いま日本は2020年のオリンピックに向けて経済を高めていこうっていう風に動いてるじゃないですか。それの象徴としての国立競技場をザハ・ハディド案で行こうとしていたのを潰されちゃったっていう経緯がありましたよね。あれほんと酷かったよねっていうのと、その酷さっていうのを考えるにあたって、いったい我々はどんな人の作品を潰してしまったのかというのを考えるために『ザハ・ハディド全仕事』っていう今度出る本に注目しています。『現代思想』のバックナンバー(2016年1月号「特集:ポスト現代思想」)で建築家の磯崎新が書いてる文章に、ザハ・ハディド案が潰された時の話に触れてるのがあります。読むと勉強になるので読んだ方がいいですよ、というのは触れておきます。

今度はマンガの話をしましょう。まず3月刊行の作品でとりあえず、まず注目している3冊。『ブルーピリオド』の2巻が出ます。これは楽しみですよと。次に『横浜駅SF』っていうSF小説が原作のSFマンガがあるんだけど、これの2巻も出ます。それと『リウーを待ちながら』っていう作品の3巻が出ます。

それぞれ簡単に説明すると『ブルーピリオド』は、芸大の油画科っていう非常に入りづらい学科をとつぜん受けることに決めた、それまで全然絵を描いたことがない男の子がどう頑張って行くかという作品です。絵がどうこう設定がどうこう以前に、この男の子が真面目に頑張って熱くライバルたちと受験に向けて頑張って行くっていう真っ当な青春マンガとして面白いのでおすすめです。

『横浜駅SF』に関しては2月後半に日本SF大賞というのが発表されました。飛浩隆『自生の夢』とかが大賞をとったんだけれども、そのときにノミネートしていたいくつかの作品のひとつに『横浜駅SF』がありました。これ、どういう作品かというと横浜駅っていう実際に存在している駅がありまして、あの駅はずっと工事してるんですよ。その工事がずっと終わらずに未来になっても工事が終わらず、その工事が日本全国を覆ってしまい、人々はSuicaを持っている人と持っていない人に分けられるみたいな、そういうダンジョンの中で生きている。マンガでいうと弐瓶勉の『BLAME!』みたいなやつを横浜駅でやるっていう着想ですね。これだけ聞くとギャグみたいなんだけど、柞刈湯葉っていう力のある作家が書いている作品が原作になっているので、内容は面白いですよと。絵に関してもそのあたりのシビアな世界観をギャグでやるというのを、ちゃんと「分かっている」人が作画をしているので非常に読みやすい。SFに関しては読者がなかなか増えないってことで有名らしいんだけど、『横浜駅SF』のマンガはぜひ読んで欲しいと思います。『リウーを待ちながら』は、医療パニックもの。

 

石田:医療パニックもの!? そのタイトルで?

 

永田:そう。『ゴドー』みたいですけど。とある小さい町で、主人公になるのが小さい町のちょっとくたびれた看護師さんなんです。その看護師さんは本当は熱いパッションを持っているんだけれども、病院内政治とかに辟易したりだとか、セクハラにうんざりして日常に辟易していると。しかしそこで新型のペストが流行るんですね。どうにか小さい町の中でペストを押さえ込んでしまわないといけないという話なんです。なので医療パニックものでありながら微妙に近未来。

 

石田:ちょっと面白そうですね。

 

永田:面白いんですよ。この作者さん、朱戸アオさんが書いている中編短編も面白いので、それも併せてぜひ読んで欲しいです。『ネメシスの杖』とか『インハンド』とか。かなり今おすすめの作品です。2巻まで出ていて今度3巻が出ます。医療とパニックっていうあんまり自分には関係ないかなっていう題材から、日常とか日常を形成している社会的な地元の権力構造とか、国のシステムとかそういうところまで非常にわかりやすく触れているので、とても読んでいてゾクゾクする。

石田:最近デスゲームみたいな、負けたらすぐ死んじゃうみたいな漫画が多かったので、そういうものは大好きです。

 

永田:キャラもすごい面白いんです。いそうでここまでキャラが立ってるやつ、なかなかいないよねっていう、好感が持てるキャラがいっぱい出てくるので。みんな真面目で。「シン・ゴジラ」とか好きな人に読んで欲しい。

 

石田:これはハマっちゃいそう

 

永田:そのほかに注目している新刊としては押切蓮介の作品が2作出ます。ひとつめは去年出て一部で話題になった『狭い世界のアイデンティティ』っていう作品の第2巻。どういう話かというと講談社をモデルにした超大手出版社に、兄を殺されたって思い込んでいる女性が、ギャグみたいに猛特訓を経て漫画家になって、その兄を殺したとおぼしき編集部に殴り込んで頭角を表していくっていう、なにこれ? っていうマンガ家マンガ。なんていうか業界のリアルなものっていうのを押切蓮介ならではの大丈夫なのかなってぐらいのデフォルメを加えて、強めに味付けをしている内容が面白いです。『バクマン』が好きな人に読んで欲しい作品ですね。

 

石田:それは、僕ですね。

 

永田:ぜひ読んでください。次に紹介するのが『ハイスコアガール』で、ハイスコアガールは──

 

石田:聞いたことだけあります。ゲームですよね。

 

永田:ゲーセンでゲームをやるのが好きな男の子が主人公。小学生時代からゲームをしてる男の子が、どうしても勝てないクラスメイトの女の子がいて、その子に勝つべく頑張るんだけど、なかなか勝てないっていうドラマ。その男の子のことが好きな女の子ってのが出てきて、彼に振り向いて欲しいがためにゲームを超がんばるみたいな。当然その女の子も主人公が勝てない女の子には勝てなくて。その三つ巴具合がラブコメとしても面白い。押切蓮介ってこんなラブコメ描けたんだ、という感じの作品です。

 

石田:設定だけ聞くと面白くなりにくそうなんですが、面白いんだ……。

 

永田:面白いんです。僕の説明が悪い。

 

石田:出てくるゲームは実在のもの?

 

永田:実在のゲームです。だから懐かしいゲームが好きな人はハマると思う。でも僕は全然ゲームをやってた人間じゃないので、ゲームをやってなくても楽しめます。ほかの作者の作品でこれから出る作品は、『王様たちのバイキング』というのがあります。これはどういう作品かと言うと高校中退しちゃった19歳の男の子がいて、なんで中退しちゃったかというとコミュ障すぎて。コミュ障なんだけど、天才的なプログラミングの力があって。要はハッカーなんですよ。ハッカーなんだけど社会不適合者。潰れちゃったレンタルビデオ屋さんにホームレス同然で住み着いてる。彼のクラッキングの現場を追跡して、彼を見つける若き投資家、ホリエモンみたいな投資家がいて、その若き投資家と若き天才ハッカーが出会うという話。

主人公の男の子はセキュリティを破るのが超得意だから、犯罪者ならではの知識・技術を駆使してセキュリティのコンサルタントになろうって最初やるんだけど、その過程で警察のサイバー犯罪対策課みたいなところと提携して、実際のサイバー犯罪を迎撃するみたいなことをする。実際のところ彼って自分にはプログラミングの才能はあるんだけど、対人関係に全然自信がない。自分がかつて手を染めていた犯罪っていうものを反転させて、自分がそいつらを迎撃していくことで承認されていくというお話なんです。そうであるにも関わらず、彼に本当に共感できる人っていうのは、ハッキングの天才で社会のつまはじきにされている犯罪者側のほうですよね。そこを作者がどう描くのかも気になってます。今もう15巻くらいまで出ちゃってけっこう長いんだけど、14巻ぐらいで向こう側、犯罪者側とタッグを組んで総理大臣と戦うというところまで来ていて。国のサイバー犯罪から、国際的なサイバーテロと戦うって話になっていて、面白いです。

 

石田:完全にブチ上がる展開ですね。

 

永田:ブチ上がる展開なんだけど、正直、いまスケールがデカくなりすぎていて、若干失速感があるんです。着想としては相当面白いです。これは『東京トイボックス』とか『ジョブズ』が好きな人、『少女ファイト』というか、日本橋ヨヲコの漫画が好きな人に読んで欲しいですね。そのほか、一応新刊が出ますよという感じでいうとあとは、高野雀、雁須磨子の新作がそれぞれ刊行されます。マンガに関してはそれくらいですね。

次に2月の振り返りですね。さっき話したじゃんという話なんだけど、青土社から出ている雑誌の『現代思想』の特集が物流スタディーズというものなんですよ。わかりやすく言うとAmazonが物流にもたらした革新、あれはなんだったのかというのを様々な分野の専門家が考察するという特集なんですけど、今からAmazonってなんだったの? ということを言うとですね、Amazonは最初ネット書店として、出てきたんだけれども、実際にはトースターだって買えるし、下手したら家だって買えるじゃないですか。なんでも買えるというものをインターネット上に作ったというのがAmazonの改革なんですね。何が変わったかというと、人がお店にいってモノを見なくなった。見なくなったというか、Amazonで買うものをお店で探すという状態になっている。これが先に進むと何が起きるかというと、スーパーというかこういうレストランとか食べているもの、八百屋とかで買っているようなものも下手するとAmazonで買うようになるかもしれない。人がモノを買うってときに見えかたが変わってくるというのがAmazonの改革。実は物流を変えている、買い方を変えている、っていうよりも人とモノの向き合いかたっていうのをAmazonが変えているんじゃないかということができる。さっきの流通の話なんだけれども、さっきの『ファッションフード、あります』と関わっていないとも言えないんですよ。現状ではそんなに関わっていないんだけれど、たとえばドローンっていうのがAmazonが導入してはいるけれども、人が配達するってのをAmazonが実用化することになると人がモノを届けない時代ってのがくるかもしれない。配達業がなくなってしまうかもしれない。それが実現する前になんとなく人が感じているのは「三河屋さん」みたいな御用聞きをしにくる普通の会社員にとっていわゆる営業と言われる人、お客さんのところに行く、顔をあわせるニーズを聞き取る、売り上げにするというサイクルが無くなるかもしれないことによって再評価されるということが起きています。移動するということについては電気自動車だとかその辺りがわりと話題になってますよね。人間が運転しないことによって何が変わるのか。事故が減るとか、交通が最適化、物流が最適化されることですよね。それによって高齢化社会がより合理化されるとか、いろいろあるわけです。現代思想の物流スタディーズで面白かったのは、人が通勤するときも寝ていられるのであれば、パジャマのまま車に乗って駐車場で着替えて出勤する。寝室が車になっても全然問題なくなってくる。

 

石田:家の拡張みたいな話になってくる。

 

永田:家の分割ということになるんです。家の分割って非常に面白いんだけど、道路とか流通とかを考えたときモノを運ぶってことを考え直すのが面白くなってきているな、というのがあって。技術がたとえば交通安全とかに非常に関わってくるものなので。技術が安全性を満たすところまで進歩できるのかっていう問題と、もうひとつ仮にそうだったとして、たとえば自動運転って1回人死にの事故が出ちゃうとガガっと後退するわけですよ。それっていうのは日本のような規制でガチガチの国で本当に普及するのかどうかとか。決して楽観的になれないという考え方もあるんだけど、少なくとも思考実験として非常に面白い話が物流スタディーズで出てますと。その特集が面白かっただけじゃなくて、実は今月は『交通経済学入門』の新装版というのが出てまして、大学の教材なんですよ。どういう内容かというと、交通の運賃がどのように決まっているか。要するに車とか鉄道とか海運とかそういう交通ですよね、ものがある地点からある地点へ移動する営みというのを経済の観点から見るときにどういう分析をすることができるか。そういうときにどういう考え方ができるのかっていうのを入門者に分かりやすく解説している本です。面白い本です。刺激的かっていうといわゆる刺激的な本ではありませんが、モノを見るためのツールとしておすすめの本です。流通の話の延長で、流通が加速すると何が起きるかっていうと、実は一次生産物が気になってくるんですよ。たとえば農業でいえば農作物。果物とか果実とか。建築でいえば木材とかになるわけです。そのほかに石油とか石炭とか。iPhoneだったら工場で組み立てられるパーツの原料になる鉱物とか。それらがどうなっているのかということも興味が湧いてくるんだけど、2月は『鉱物の人類史』という本が出ている。どういう本かというと石炭からレアメタルとかボーキサイト、いろんな鉱物を世界規模で人類がどういう風に扱ってきたのかっていう本です。これは石炭とか石油みたいな埋蔵資源をすげぇ大量に掘り起こして大量に使うって話だけじゃなくて、ダイアモンドとかちょっとだけ採って高く流通させることにも触れていて、流通を考えるにあたって重要な話です。かなり興味深かったのは、鉱物を利用する際に発生する廃棄物の大量さ。たとえば石炭だと、燃える部分と燃えない部分があって、燃えないクズについてはどういう風にするのかっていう、リサイクルとかエコロジーっていう部分。この話になると地球を守るとかそういう話題になってしまうけど、そういうお題目の綺麗事ではなくて、当たり前だけどリサイクルの歴史というのがあるわけです。一次生産物をどういう風に扱ってきたかという観点から見るということで『鉱物の人類史』は非常に面白い本でした。

これは昔出た本なんだけど、僕の好きな本に『ゲリラと森を行く』というのがあります。どういう本かというと、インドが舞台です。インドってカースト制が有名じゃないですか。日本でいう士農工商みたいなやつなんだけど、カーストに入らない人たちってのがいるんですね。カーストってどういう風に生み出されたかと言うと、もともとあるところにはあったんだけど、イギリスがインドを植民地化したときに、徳川幕府が人々を治めやすくするために士農工商を取り入れたように、イギリス人がインドを支配するためにカースト制度を導入して、人々を管理したっていうシステムがあるんです。そのときにヒンドゥー教とキリスト教をインドで認めますよと、それ以外の土着の信仰みたいなものを持ってる人とか、イスラム教徒とかは全員ハブで、ってことで。カーストの外にしちゃうんです。そいつらは超めんどくさいやつなんで、国の治安を乱すし、教育も受けらんないし、全部なしで、みたいな。国を挙げての歴史的なイジメをやってきて、カースト外の人たちが当然大量に生み出されるわけです。その中の人たちが追いやられた村があるわけですよ。たまたまその地下が鉱物資源の宝庫だったりすると、もうそいつらには社会的地位がほぼ無いから、出てってねって言って、ヨソにそいつらが住む場所作ってやるから強制移住ねって、公的に強制移住をさせちゃうわけです。これはイメージとしては白人がアメリカに入ってきたインディアンにやってたみたいなことをするわけですよ。「インディアン」だと被っちゃうけど。アメリカの原住民じゃなくて、インドの原住民がいて、その人がイギリスの植民地時代から連続性のある現政府によって強制移住させられるということが起きている、と。それによって住む場所すら奪われた人たちっていうのが森みたいな、土地であって土地でない場所に入って、なんのための闘争って呼んでいいかすら分からないような、宗教的にも否定されているし、社会的には地位がないし、経済的にも何を取り返していいかわかんない、ただとりあえず、許すことができない人たちが森の中にいて、で、そいつらは国と戦っているわけです。それを取材してルポ、写真を撮ったりお祭りの様子を書き記した本が『ゲリラと森を行く』って話なんだけど。

石田:うわぁ、タイトル……! すごい…!

 

永田:けっこういい本なんだけど。

 

石田:ゲリ森。

 

永田:そうゲリ森。この本で一番最初に出てくるのが鉱山の話。インドはいま経済発展の最中なんですが、その過程でアルミとかの原料になるボーキサイトの採掘が大規模に行われてるんだけど、そのボーキサイトの鉱脈のある土地に価値が出てきちゃって、価値がでてきた土地に住んでた人たちに「お前らの土地じゃないから出て行け。ここは俺らのだから」って言って、追い出すって現象が起きると。『鉱物の人類史』にはそういう話は書かれていないんだけれども、いかにその鉱物っていうあんまり自分とは近くない話っていうのがリアルなどこかにいる人の人生に関わって行くのかっていうことを考えるには、『鉱物の人類史』と『ゲリラと森を行く』は併せて読んで欲しいなと思います。それと合わせて、興味深かったのは『資本主義リアリズム』って本があって、資本主義リアリズムって表現自体は、20世紀中頃にアートが好きな人だったら誰でも知ってるゲルハルト・リヒターが東ドイツから西ドイツに移住してきて、若い頃にやっていた運動と同じ名前なんですよ。元ネタは社会主義リアリズムって言って、当時20世紀中頃まで、ソピエド連邦を支配していた共産党が掲げていた芸術における正義ですよね。そういうのを資本主義側がどうやって見るか、どう時代にはアメリカのアンディー・ウォーホルがいて、西ドイツにおけるポップアートみたいなものが資本主義リアリズムだし、ポップアートを指してあれこそ資本主義リアリズムだって言うことはできると僕は思ってるんだけど、◯◯リアリズムみたいな名乗り方ってのは近代のアート史、近代の文化の運動においてはよくよく出てくる。それこそリアリズム、エミール・ゾラとかのリアリズムもそうだし、そのあとのシュールレアリスムもそうだし。自分にとってのリアルっていうのをどういう風に表現するのかっていうときに、◯◯リアリズムって名乗って運動化するというのがあった。そういう背景が資本主義リアリズムって言葉にはあるんだけども、この本ではあまりそこは触れられていなくて、現代においてリアリズムっていうのをやろうとすると、資本主義にすべてが浸されて行くよねっていう状態で、この世界を見ていくとどうなるかっていうのをブロガー出身の評論家が書いているというのがこの本です。リアリズムっていうのが最近あちこちでテーマになってきているなと思っていて。なぜかというと、リアリズムっていうのは日本語に翻訳すると現実主義なんだけど、哲学の世界では実在論、リアルにそれが存在していることはどういうことなのか議論する、それが本当にあるのか、あるとはどういうことかという話がリアリズムなんですよ。それが哲学の世界で最近流行ってきている話でもあるので、この辺りはチェックしていきたい。かつて「リアルよりリアリティ」って歌われたけど、リアルよりリアリティ、リアリティよりリアリズム、ということなのかもしれない。リアリストであることを再帰的に考える、というか。

 

石田:ありがとうございます。

 

永田:次に、既刊漫画のレビューをしたいと思います。まず言っておきたいのは、かつて月刊で漫画を追っていた経験のある人は、講談社の月刊アフタヌーンの定期購読をしよう、ってこと。

 

石田:ほう

 

永田:いま一番面白い漫画雑誌が『アフタヌーン』であるかどうかはさておき、今面白い漫画が一番多く載っているのが『アフタヌーン』だからです。

 

石田:それは間違い無いと思います。

 

永田:なぜならばここのところ発売された作品だけで、さっきも取り上げた『ブルーピリオド』のほかにも、『しったかブリリア』『大上さん、だだ漏れです。』『シンギュラリティは雲をつかむ』など、作者さんはそんなに知られていないんだけど、どれも僕は面白い作品ですと胸を張って言える作品が目白押し。これらはどれも既刊1巻なんですよ。始まったばかりなんですよ、どれも(『シンギュラリティ〜』は既刊2巻)。

 

石田:自信の持ちようがハンパないっすよね。あの編集部は。

 

永田:編集部が自信満々なのは当然だと思う。だって面白いもん!

 

石田:すごいっすよ、これは。

 

永田:絵がいいし、話が面白い。

 

石田:まず当時22歳の大学生である植芝理一さんを連載に持ち込んだ時点で、相当才能があるなと。

 

永田:そうですね。植芝理一は代表作が2つありますよね。『謎の彼女X』と『ディスコミュニケーション』とあるんだけど、正直、さいきん連載が始まった『大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック』が僕は一番好きです。なぜならば、なんていうか『ディスコミュニケーション』みたいな大風呂敷を広げているかというとそうじゃないんだけど『大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック』って死んでしまったはずの自分の父親の記憶がフラッシュバックすることによって、自分の母親に恋をしてしまうっていう話なんですよ。自分は自分の母親に恋をしているんだけども、その恋が本当に自分の恋なのか分からなくなる。なぜかって、自分の父親の記憶がフラッシュバックしているからなんだけど、これは自分が誰かのことを好きになったときに、果たして自分が本当に好きなのはこの人なのだろうかっていう恋愛における大問題をすごいベタになぞっていて、凄い面白いんですよ。これはプッシュしたい。今のアフタヌーンが凄いのはさっき挙げた新人作家の作品が面白いだけじゃなくて、『ディザインズ』という五十嵐大介の作品も面白いし、『ソフトメタルヴァンパイア』っていう遠藤浩輝の連載も面白いし、あとこれはアフタヌーンが発掘した作家じゃないんだけど石黒正数の新作も始まったし、あと今月から『げんしけん』の木尾士目のげんしけん系じゃない作品、学校を扱った作品ではあるんだけど、新連載も始まっていてこれも非常に面白いです。というので、既に名を成している人たちの連載も面白い。あとアニメ化もされて、アニメも評判もいいけど『宝石の国』もいよいよ面白いんですよ。なので、もう『アフタヌーン』がすげぇ面白いから、マジみんな『アフタヌーン』読んで、俺と『アフタヌーン』の話しようぜってのを言いたい。

 

石田:はい。

 

永田:そのほかの作品で興味深いのは『凪のお暇』という作品がありまして、これは空気を読みすぎて心を病んでしまい、会社を辞めたOLさんが、自分の時間を持ったんだけれども、その元彼との関係とか改めてお隣に住んでいた男との関係とかに悩むって話なんだけど、絵が可愛い話が上手いってだけではなくてですね、いろいろ鋭いんですよ。いちいち展開が面白いので普通におすすめの大人の女性の主人公のお話ですよと。言っておきたいのが、第8回ananマンガ大賞の受賞作なんですよ。これ第1回大賞が『大奥』、第2回大賞が『失恋ショコラティエ』なんですね。ananマンガ大賞って字面だけ見るとバカにする人いると思うんだけど、いい作品をちゃんとピックアップしてるよっていうのを言っておきたいがためにこの本を持ってきました。『大奥』はまだ連載続いてて、単行本も幕末にさしかかっていていよいよアツいですね。

そして今日の最後、『レッドマン・プリンセス -悪霊皇女-』っていう作品がありましてですね、これは本当にヤバい。なにがヤバいかというと、まずタイトルがどういう意味かというとですねプリンセスっていうのが皇族なんですね。

石田:ふーん。

 

永田:皇族って日本の皇族ですよ(笑) ふっふっふふふ。

 

石田:嘘でしょ(笑)

 

永田:いや、ほんとほんと。学習院じゃないけど、お嬢様高校に通っているすごく引っ込みじあんな女の子っていうのが。

 

石田:(読みながら)すごく肉肉しくていいですね。

 

永田:この人はすごく肉肉しい絵を描く人なんですよ。

 

石田:パッと見、タイトルと表紙から「あっ、こん中で一番興味ない漫画だな」と思ったけど……。

 

永田:素晴らしいです。

 

石田:中身ヤバくないですか? 欲しいです。

 

永田:日本の皇族の女の子が、アメリカの白人によって謀殺された「インディアンの戦士の亡霊」によって憑依されてしまう。で、インディアンの戦士に憑依された女の子が、アメリカの大統領を殺しに行く、ってことなんですよ。殺しに行くってのをアメリカの方でも傍受していて分かるから、アメリカ側が日本の大統領に圧力をかけるシーンが後半のあたりになると出てくるんですよ。で、これ、どう見ても某作家だよね。分かるかな?

 

石田:わからない。

 

永田:いろんなコードに触れる暴挙に次ぐ暴挙を作中でやっていて。そこらへんがねー、暴挙に出ているから面白いっていう話ではなくて、オカルト的にも面白いんですよ。あちこちで「そんなことはない」って描写があるんだけど、陰謀論も絡んでるし、陰謀論が好きな人にも読んで欲しいし、単純にそういうの抜きにして漫画としても面白いです。

 

石田:これは買いですね。

 

永田:おすすめです。僕がずっと好きな高遠るいさんがとうとう好きなように描き始めたって感じがして、同じノリでアイドルのブラック具合を格闘漫画とか暗殺者漫画に絡めて描いてる『はぐれアイドル地獄変』っていう人気シリーズが今あるんだけど、バキの板倉さんの画力でアイドルを描くっていうワケの分からない作品があって、それもまだ連載中なんだけど、その人の新連載で本当にヤバいです。これはヤバい漫画が好きな人なら全員読んで欲しいですという作品です。これで締めます。

 

 

語り手

永田希 Nozomi Nagata

寝癖の書評家。「Book News」を運営している’79年生まれ男性。
Book News
http://blog.livedoor.jp/book_news/

アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は関東某県在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。

 

聞き手

石田祐規 Yuki Ishida

1989年神奈川生まれ。多摩美術大学映像演劇学科中退。 映画と演劇への興味から写真をスタート。 友人、または友人になりたい人に親友を演じてもらい撮影する。主な著書に「HAVE A NICE DREAM!」がある。
http://yukiishida.com/

 

(インタビュー収録2018年3月1日)