アイドルを主題とした雑誌「IDOL MOMENTS vol.01」を創刊した稲垣謙一。初号は「Maison book girl」を特集。仲間からは「けんち」と呼ばれる彼が、仕事もプライベートもごちゃまぜにして、がむしゃらに突き進んでいく写真の世界とは。彼の仕事術を身につけることで、何ができるだろう。何が見えるだろう。アイドルとファンの境界を漂うとき、その波打ち際で彼は何を想うのか。常に水際で戦う「けんち」にお話を伺った。
── 今日はよろしくお願いします。
今日はデザイナーの澤井真吾を連れてこようと思ったんだけど夜に「熱がめっちゃあがって無理そうかも」って連絡がありまして。
サンプルでお渡しできないんですけど、こちらが本誌の「IDOL MOMENTS」です。
── 意外と分厚いですね。そして紙質もいい!
見た目的に分厚くしたくて。
── 薄いと同人誌感出ちゃいますもんね。
そうそうそう。
── (本を開いて) これが噂のインタビュー部分ですね。
2時間ぐらい雑談を録音しました。
── これは文字起こしが大変そうですね。
大変そうだった。僕はやってないけど (笑)
1.雑誌の目指すイメージ
── 何人ぐらいの座組みでやってるんですか?
2人でやってます。澤井と俺と。
── どちらが言い出しっぺというか、発起人なのでしょう?
一応、俺が発起人です。
── デザイナーの澤井さんとはもともとお知り合いですか?
もともと知り合いで、年齢が同じだから。1992年世代。去年、澤井がもともといた会社を辞めて、独立ってわけじゃないんだけど、今の会社が自由にできる会社で、一緒に仕事をすることも多くて。その流れってわけじゃないけど、去年はずっと一緒にいることが多くて、話していくうちに「こういうことやりたいんだよね」って。俺がtwitterでつぶやいて、澤井が乗ってきてくれた感じです。
── そのお話が出たのって去年のいつぐらいですか?
夏ぐらいだったかな。8月、9月とか。
── その流れはまったく知りませんでした。
ほんとちょろっとつぶやいたぐらいで。その後はけっこうこっそりやってた (笑)
── この「IDOL MOMENTS」を作る上で、何が一番大変でしたか? 権利関係など大人の事情もいっぱいあったと思いますが。
このグループの場合はそもそも、密な関係値なので。関わったのが2年ぐらい前で、2年分の蓄積とかもあったから、許可取りとかはスムーズにいって。むしろ、今まで写真を撮って発表するって言っても今の時代ネットに上げたりとかが多いじゃないですか。
── そうですね。
単純に「物にする」という段階がすごい大変で、プリントにするだけだったら別に普段もやることだから大変じゃなかったんだけど、本にするってなると印刷会社探したり、あと、デザインの面もあるから、2人のやりとりとかもありますし。そこらへんの本にする部分が大変だったかなぁ。それから売るってなったときに、次回以降も出し続けたいから、最初の予算があって、今回で予算を使い切るのは簡単だったんだけど、売り上げを出してさらに次回以降の予算も確保しないとダメだから、お金の管理みたいのが、いつもやらないことだから大変だった。
── たくさん印刷するほど一冊当たりの単価は下がるので、予算の掛け方のバランスが難しいところですよね。
単価をどうするかっていうのと、売値をどうするかっていうものの兼ね合いというのが、いつも使わない領域の頭を使ってました。
── イラストレーターの西島大介さんを加えようと思ったきっかけは?
これをやるにあたって音楽系の雑誌を見返していたら、意外と写真と雑談以外の面もあって。それだけだと偏りがあるというか、写真集にしたかったわけじゃないので、雑誌としての強度を高めるために今回はイラストを入れてみようと思いました。西島さんがもともとサクライさんが以前やっていたプロジェクトでけっこう色々やってたから。「Maison book girl」では関わってなかったから今回やって頂こうかなと思いました。
── 雑誌たらしめるために、イラストを入れたという感じですね。イラスト以外だと何か考えていますか?
まだ何も考えてないけど、イラストを入れるっていうのはわりかし毎回マストでやりたいかなって。
── 表紙に写真を持ってこなかったのがすごいですね。度胸ありますね。裏表紙にも写真はない。
それも、何号か出すことを念頭にいれてやっていて。最初は上製本でやったりとか、いろいろ考えてはいたんだけど予算の関係で、いろいろ難しくなっていて。デザインで高級感みたいなものを出したいねと言っていて。アイドルの雑誌って、良い悪いではなくて、ビジュアルが一番重要だから写真がドーンみたいな雑誌が多い。それを俺たちがやっちゃったら、ちょっと違うかなという感じで。そこと競争したいわけではないから。少ない予算の中で、高級感を出すにはどうすればと考えた結果、写真を使わないで、シュっとさせたいね、みたいな (笑)
── それでロゴも作ったわけですね。
そう。ロゴとかも澤井の得意分野だから。
── 雑誌自体のブランド力を高めていくみたいな。
これ以降も、こういう形でやっていこうかなと。表紙のデザインとかも統一して。判型とかページ数とかも変わってくるかもしれないんだけど。雑誌って、なんだろうな、捨てられない雑誌にしたいなと思ってて本棚に収納されるような。そのグループだけのファンじゃなくて「この本がやってるんだったら、このグループもいいんだろうな」という感じで見てもらいたくて。そう並べたくなる雑誌だったら、次号も買いたくなるかなぁと思って、外側のコンセプトはそういう感じでまとめています。高級感を出すっていうのと、他のグループも見て欲しいから本棚に並べたくなるよう、みたいなコンセプトで作りました。
── それはとても理解できました。アイドルにアクセスする新しいチャンネルを立ち上げようと思ったわけですね。その構想自体はずっと以前から持っていたものなんですか?
なんか、やりたいな、みたいのはずっと思ってて。アイドルっていう面で言うんだったら、前々から雑誌は好きだったから、雑誌みたいなのはやりたいなとずっと思ってて。「Maison book girl」で2年撮っていて写真の出しどころが無くて。簡単に出したらもったいない気もするし、かといって、何か作るっていう動きもなかったから、何かにしてまとめたいなと思っていて。あと、アイドルファンとしての目線なんだけど、メジャーのアイドルというか、ハロプロだったりAKB48系だったら、いっぱい雑誌も出ているし、テレビにも出ているし。
── アウトプットの受け皿がいっぱい用意されている。
そうそうそう。それを全部合わせればそのグループの「道程」みたいのが、見えるけど。「Maison book girl」もメジャーなんだけど、中堅どころって言っていいのか分からないけど、中堅どころだったり、始まったばかりのグループだと、アウトプットの受け皿が無いっていう。ライブをバンバンやったとしても、その記録が残ってることって少なくて。
── へぇ。
最近でこそファンの人が写真を撮ったりするライブもいっぱいあるから残っていくんだけど、以前あったあるグループが、濃い活動をしてきていて、そのファンの人も狂ったかのように追いかけてたんだけど、その記録がすごい少ないと聞いて、おれもそのグループちょこちょこ見てたから、その感じってすごい分かるなと思って。単純にその、バンバン雑誌に出るわけでも無いし、テレビにそう多く出るわけでもないぐらいのグループだと、記録に残るものが少ないと思って、それをできるのが写真かなぁと思って。
編集部注 ※ここで同行カメラマンの藤田が口を挟む
藤田:けんちさんの写真ってtwitterで何枚かは出回ってくると思うんですけど、それってほんの一部が出てくるのであって、まとまった発表する場っていうのが今まであまりなかった。
編集部注 ※藤田発言おわり。けんちにもどる
自分もそうだし、グループ自体の流れが見えるものが。断片的にライブの写真が上がってたり、自撮りが上がってたりとはかあるけど。流れが見えるものってアイドルの世界に少ないなと思います。そういったものが見えるようになったらいいなと。雑誌を作りたいというのと、記録があまり残っていないというのがあって。こういうものを作りたいというのが初期衝動です。
2.アイドルの本当の魅力とは?
── けんちにとってアイドルとは? というかアイドルとは何?
僕もこれは軽々しく言えない (笑)
── そこを突き詰めていくと稲垣さんがアイドルに魅力を感じている部分があぶり出されるのかなと思いまして。じゃあ、質問を変えるとアイドルのどこに魅力を感じていますか?
なんだろう。まず、みんなかわいいですよね。それに、それはグループごとによるけど、曲がものすごく良いものが多い。
── 良い作曲家がアイドルに集まっている状況があるわけですね。
それもあります。もともとアイドルアイドルした曲があって、そこに対してのカウンターみたいな感じで、どんどん変な曲が生まれてきている状況があって……。そこらへんを語ってしまうと怒られるかもしれないけど (笑)
── メインストリームがあって、それに対するカウンターがあって、知れば知るほどハマってしまう状況なわけですね。
例えば可愛い女の子がメタルを歌うみたいな。「そこがやるの?」というミスマッチな感じから良い曲がたくさん生まれているのが面白い。さらに一番見てていいなと思うのが、アイドルの子たちが本気でライブをやって、本当に自分の命を燃やしている感じ。それをライブを見てて感じて。その姿がとても美しいし、それに対してファンの人も本気でぶつかってくる様子とかを見ていて、その関係性が綺麗だなと。
── おおー。そうなんだ。
すごい思う。本当にいいライブのときはステージとかもそうだし、ライブ撮影をしていて、おれの位置からだとアイドルとファンが両方見えて、その関係性がいいライブであるほど本気と本気のぶつかり合いが見えて、感動して涙が出そうになるくらい。
── そこからハマっていったんですね。
それは後から気づいたことでもあります。
── 最初にアイドルにハマったきっかけ、アイドルって何なんですか?
それはでんぱ組.incです。
── かなり大きいところから入ったんですね。
そのときは渋谷のclub axxcisでやってた「DENPA!!! -電刃-」っていうイベントで初めて見て。Tomadとかも出てたんだけど。
── そうなんだ。
そのイベントにDE DE MOUSEさんを見に行って「アイドル出るのか」ちょっと見てみるか、みたいな軽い感じで見たら完全にハマってしまった。2011年だ。
── 7年くらい前なんですね。そういえば出会った頃の稲垣さんはアイドルにハマっている感じはありませんでしたね。大学のサークルで写真をやっている人のイメージが強かったです。
7年前…。20歳になったばかりぐらいだ。
3. 稲垣謙一の美学
── 写真を始めたきっかけって?
それはあんまり覚えてないな……。父親が趣味で写真やってて、それを近くで見てたってのもあるし。家にカメラがあった。それで撮ってみようかなって。そこに大した理由はなかった気がする。
── ここ1~2年ぐらいは何を考えてましたか?
「いい写真って難しいよな」…みたいな感じ (笑) 愚痴じゃないけど、自分も含めてなんだけど、写真を見るツールとして最近instagramが多いから、いろんな写真を見ているけど、何がこう……本当なのかな、みたいな (笑)
── なるほど。
本当? 本当って言い方も違うんだけど、この写真って…………なんか。どこまで……。
(長い沈黙)
……本気なのかなって。いや、本気なんだろうけど、この写真がある意味ってなんだろうなって。どういうこと考えて……。
── 伝わって来づらいというか、その1枚から数枚の勝負からの対抗として「IDOL MOMENTS」を立ち上げたように感じます。
いや、1枚でもすごい写真はもちろんあるし……。言葉で表現しにくいです。熱意が入っている写真ってわかるときがあるじゃないですか。
── 稲垣さんの写真には変態性みたいなものが入って来てますよね。仕事の写真だけど変態汁がかかっている、みたいなところが魅力だと思います。
マジかー (笑)
── 本音と建前を使い分けてないように感じられます。常に誠実であることで、苦しんだり悩んだりすることってあるんでしょうか?
苦手なジャンルとかじゃ無い限りはなんでも受けるけど、そこに関しての好き嫌いは特にない。
── 「Maison book girl」からスタートしようと思ったのはなぜですか?
よく言われてる話ではあるんだけど、このグループってアイドルの中でもわりかし異質なものだと思っていて。
── ほうほうほう。それはなぜ?
一般的にアイドルのステージングって、可愛かったり、激しかったりとか、盛り上げたり一緒に楽しむという音楽のジャンルを扱うと思うんですけど、「Maison book girl」の場合は変拍子を多用していて、他のアイドルの曲よりはノリにくいし、ステージングも淡々としているし、でもやっぱりそこがすごい魅力的だし、かっこいい。ちゃんと自分たちの世界観を確立してて、それをお客さんに一貫して見せている姿が魅力的です。関わっていくうちにライブ以外のところも見えるようになって、ライブ外のときの姿はライブのときとは違っていて人間味があって、そのギャップみたいなものが、良いなぁ、という感じです。
── もし「けんち」に撮ってもらいたいアイドルはどちらに連絡したらいいですか?
あはは (笑) それは僕のメールアドレスに連絡を。
── けんちが撮りたいと思うときのこだわりってなんですか?
特にはないです。本気だったらいい。おれもそんなこと言えるタチじゃないんだけどね (笑) 拙くても、本気な人ってすごい、良い。
── 次の刊行予定ってあるんですか?
次の本は、まだちゃんと決まってないんだけど、夏ぐらいに出したいなと。本当はもっとスパンを短くしたいんだけど。
── 次のグループはお聞きしても大丈夫ですか?
「おやすみホログラム」になるかな。
── 次の次とかは?
なんとなくは決まってるけど、まだ確約はとれてない。アイドルって今日生まれたものが1年後2年後に武道館行っているということが全然ありえるから。出すスピードを早くしないと (間に合わない) 。そのスピード感の速さがアイドルの魅力です。
── そのスピード感と、雑誌という媒体のちょっとノロい部分を組み合わせようと思ったのは度胸があるなと感じました。
やっぱり第一に考えているのが、記録。モノとして残したいなというのがあります。ネットにあるだけだと、いろんな情報の中に埋もれちゃうなと思いまして。
── ISBNとバーコードは取得しなかったんですね。
今回は取らなかった。
── 取得すると国会図書館が半永久保存してくれるっていう。
記録って言ってんだから、それもやんないとですね。
── デザイナーの澤井さんは今回どのようなお仕事をされているんですか?
根っこの提案の部分が俺なだけで、それ以降はずっと澤井と共同で進めていて、むしろ作業量は澤井のほうが多いというか。デザイン面もだし、その、写真のセレクトと並びだけはおれが考えて、写真の扱い方に関しては澤井にお願いしていて。
── 写真が裁ち落としだったり、白枠付きだったりというのは澤井さんが決められたんですね。
何を大きく見せるか、とかは話さなくてもお互いに思ってることが一緒だったからすごいやりやすかったです。
── 次に、けんちのパーソナルな部分をお聞きしたいのですが、けんちが影響を受けた人って誰ですか?
まず最初に好きになったのは森山大道で。
── 以前言ってましたね。
最初のほうはずーっと街のスナップを撮ってて。あとアラーキーも好きで。
── 挑戦してみたいことは。
ちゃんとペースを保って出し続けたいなと。それこそ、回を重ねると取り上げるグループが増えるから、その組み合わせでライブをやっても面白いと思うし。
── 雑誌を作ると、雑誌を見る目って変わってくるじゃないですか。その目線になったとき、今一番好きな雑誌というのはありますか?
「スタジオボイス」が新しく創刊して、あれがクオリティの面もそうだし、値段も超安くてどうやってんのかなって (笑)
── 逆にいま仕事してみたい雑誌ってありますか?
「SWITCH」はやりたいです。もともと雑誌が好きだったから、雑誌の写真を見て写真を勉強したってぐらいだから、特に「SWITCH」は写真のクオリティが高いから、いつか仕事をしてみたいです。
── ありがとうございました。
プロフィール
稲垣謙一 Kenichi Inagaki
1992年生まれ。アイドルやファッションブランドの撮影を行うカメラマン。
IDOL MOMENTS 公式サイト
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稲垣謙一instagram
Text : 立花桃子
Photo : 藤田直希