彼女との出会いは2017年の「Tokyo Art Book Fair」だった。「すめる」という気持ちのいい雑誌を作って販売していた。vol.1とvol.2が並べられていて、豪華な装丁、豪華な執筆陣。でも、少し奇妙な雰囲気も残っている雑誌だった。こんな奇妙な雑誌を作っている人たちは一体何を考えているんだろう。
編集しない、という編集行為
──「すめる」の他には何を作っているんですか?
「フーコー」って本を作っていています。「フーコー」を出して「すめる」を出したという流れですね。もっとやりたいしやりたいけど、うーん。全然手を動かしてない。
──「フーコー」を作ろうと思ったきっかけは?
その時に、編プロでアシスタントとして働いてたんですけど、ファッション系のカタログなど中心に携わっていました。ディスってるわけじゃないけどお金やいろんな人の才能が詰まった本なのにカタログって無料で配布されるじゃないですか、果たしてその本には本としての価値があるのか考えちゃって、商品を売り込むための宣伝ツールとしてカタログはあるわけだけど綴じられてるから作りとしては本じゃないですか。だから果たして、本とは何なんだろう。本の存在そのものが分からなくなってしまって、すごい有名な人が作り上げた素晴らしいものが、この世でいい本と呼ばれているのかとか、じゃあ何が素晴らしいければいい本なのかとか。結局それはその価値を誰かに知られていないと意味がないし。未だに「フーコー」の整理が出来ていないんですよね。
──「フーコー」って何年前?
2年前。2016年。全部白黒で、作家さんにページだけ渡して好きにやってくださいって。
──そうなんだ。
1人18ページ渡して
──(言葉を遮って)18ページ!? かなりのボリュームですね。
そう。5人に18ページづつ渡して、ルールとして白黒で判型がA5。だからこれ以上は何も編集しませんという本を作りました。全体を統一するために何かしないといけないこともないし。直前まで何が掲載されるか編集部でも分かりませんでした。個人で作るzineでさえも、ある程度編集するじゃないですか。そんなこともなく来たこと順に並べているだけだから。
──めっちゃいいですね。
果たしてこの本は誰の本なんだろう。お金は確かに私が出しているけど、作ってるのは私じゃないから、入稿しただけ。
──想像以上にハードコアな手法ですね。
でも、本自体はけっこう綺麗な仕上がりなんですよ。浦川彰太くんにデザインをしていただいて真っ白な表紙で、銀のアルミシールが真ん中に貼ってあるだけで。「フーコー」は続けたいけど、続けるのは難しい局面にきていて。今は活動休止中です。
──「フーコー」のタイトルの由来は?
風っぽい名前を付けたくて。でも英語は使いたくなくて。で、何がいいかなと考えていたら友達が「ふーこ」とかいいんじゃないって。そしたら風っぽいし、哲学者と同じ名前ってところも好きで、カタカナで「フーコー」にした。
──私も「フーコーの振り子」のイメージをすぐに思い浮かべました。
女の子の名前みたいにも聞こえるし。それで1年余りが経って、編プロをやめてデザイン会社に勤めはじめてからは、手がけている仕事の規模が大きくて、そういった現場での「矛盾」みたいなものがあるなとは思うし、デザインの最先端での「歪み」をすくい取っていきたいと思っています。
文化の育成は可能か?
──「すめる」制作のきっかけは?
そういった矛盾や苛立ちというのが大きな活力になっています。それと広告の仕事が多いので、やはり大きい写真っていいなぁと思って。大きい写真が載っている本を作りたいと思って作ったのが「すめる」です。
──それであのような過剰な大きさだったわけですね。写真の迫力に驚きました。
あれでも小さいと思う。でも予算との兼ね合いを考えるとね。
──さらに大きいA2を目指すと。もはや新聞ですね。
新聞サイズでやりたいけど、できるけど、ページ数のボリューム感や予算の兼ね合いもあって難しいところでもあるから、A3サイズを選択しました。買ったらそのままポスターにできる本を作りたくて。飾れる。
──どれくらいのペースで刊行する予定ですか?
「すめる」は現状は1年に1本と決めていて、次は自分の中でどういうものをやりたいなというのは決まってて、新たなシステムを試してみたいと思ってます。
──そういえば、海外に行くという噂を耳にしたのですが。
ドイツに1年ぐらい行こうかと。まだビザ取れてないけど普通の語学留学です。言葉を覚えるのがすごい楽しくて。話せる人の範囲が広がるのが楽しい。ドイツは「ここ住めるな」って思ったから。
──ということは今年1冊出したら来年はお休みという形ですか?
そんなに本じゃなきゃいけないって思ってなくて、画面を大きくするだけだったらWebでもできるんじゃないかと思っているので、そこは要検討です。
──Webで大きな新聞を展開するわけですね。
全体は一瞬で見えないけど、スクロールすれば全部が読める。そのまま印刷すればポスターになるようにすればいいんじゃないかなと考えています。友達が本図鑑というのを持っていて、最古の本は石で、最新の本はiPadだったって書いていて。それに影響を受けています。
──「すめる vol.2」のテーマである「いとなみ」はどのようにして決めていますか?
その時期に、私自身もそうだし、周りの人からも「すごい不安なんだよね」と相談を受けて。果てしない先の不安があるじゃないですか。ただただ「これでいいのか?」みたいな。だけど「これがしたい、やりたい」という想いとかがベースになっています。ポエムっぽいよねと思いながら編集していました。「果てしない不安」をモチーフとした本です。
──あんな可愛らしい装丁なのに。
そうそうそう。だけど、明るくいこうって。カバーを外すと色がピンクと青なんですけど、朝から夜を示していて、朝から始まって夜で終わろうと。子供が読んでも良い本にしたくて。大きくなった時に文章を読んで理解して「いい本だな、これ」って思ってくれたら最高。時代や世論を読み込んで、ベストタイミングなテーマを利用できたらと思っています。
──「いとなみ」に決定する前はどのような候補がありましたか?
「いとなみ」の前のアイデアは「部屋」だったの。私が部屋って言葉を出して。内容は変わってないけどテーマだけ「いとなみ」に変えた経緯があります。
──ちょっと具体的すぎるとバランスが崩れますね。
部屋はムズいよってなって、誰もが自分の部屋にくるの?って勘違いしちゃうし、それでやめました。
──「せいかつ」とか「くらし」ではなく「いとなみ」というところが良いですね。
バランスがとれたテーマだと思っています。編集仲間からは「めちゃくちゃな雑誌だね」とよく言われます。ここは普通並べないよね、という遊びが多すぎるので。
──たとえば映画監督の今泉力哉さんと、映像作家の青柳菜摘さんのテキストが並んでいるのは衝撃ですよね。
そうそうそう。
──青柳菜摘さんが寄稿したテキスト、ヤバくないですか?
ヤバかったです。届いた瞬間、「マジか……!」って編集部で絶句しました。
──本当に意味がわからない。
このページは石田さん、青柳さん、今泉さん、KENTさんの文章が並んでいるのですが、ここにあることによってKENTさんの文章が愛おしく思えて来ちゃって。
──「中学生のピュアな作文」のようなテイストで描かれていて、ここまでバリエーション豊かな紙面が存在するということに感動がありました。
「すめる」のヒント。
──今後の「すめる」はどのようなテーマを取り扱うと想像していますか?
環境やその時によって考えかたが変わるから今後のテーマを断定はできないけど「糧」になるものについてつくっていけたらと思っています。
高確率で変わるとは思うけど…。
──最後に、これからインディペンデントで雑誌を作る若者にアドバイスをいただけますか?
1冊目をつくることは意外と容易いです。しんどいけど。でも、その後がとにかく大変です。芯みたいなものが貫き通さなきゃいけないし、初期衝動に勝らないといけない。物理的にも精神面にも打撃がすごくあります。
そのために美味しいご飯を食べたり好きな音楽を聞いたり自分自身を安定させる方法を見つけることや、何よりも健康が大切だとここ最近やっと気づけました。
──ありがとうございました。
<プロフィール>
きまちまゆ
雑誌「すめる」編集長
編集プロダクション、デザイン会社を経てドイツへ留学予定。
2016年、新雑誌「すめる」を創刊。
代官山蔦屋書店など7書店で取り扱い中。
聞き手・text : 立花桃子