汽水域の旅─暗中模索

2018年を締めくくる汽水域の旅では、11月と12月の新刊をご紹介して〆たいと思います。本はただ買うだけでなく、発売前に書店で予約することで、自分たちの読者としての存在感を示すという、ちょっと選挙みたいな側面があることはもうキッズたちはご存知だよね。今回、この記事が公開される時点で未刊なのは『オカルティズム 』だけだけど!

 

永田:さて、今回のテーマは「暗中模索」ってことで。人類ずっと暗中模索だったのではという感じがあるけど、これまで宗教とか理性とか、ある程度の見通しを信じてやってきたと言えるわけです。宗教を信じる時代から理性や科学を信じる時代(近代、モダンエイジ)にシフトして、20世紀後半からはポストモダンとかいって既に「暗中模索」に突入するという話はあったんだけどまだ「ポストモダンだよね」と言って通じるだけの知的な見通しがあったのだとも言えた。もちろん現在もまだポストモダンと言って通じる界隈はあるけど、その内実が色々に分断されて、相互に話が通じにくくなっている。その通じなさの可視化具合はやはりかつてないと思うんですよ。

 

 

オカルティズム

永田:で、今回さいしょに紹介する12月刊行予定の1冊目がこの本。タイトルはズバリそのまんま『オカルティズム 』。強い宗教の支配が過ぎ去り、ついで現れてきた理性支配も後退すると、明るい神の威光や合理的な明証性では到達できない「真実」が「どこかに隠されている」と考える神秘主義つまりオカルティズムへと傾倒する人が一定数あらわれてきます。

この『オカルティズム 』という本が何を書いている本なのかは未完なので当然まだわからないけど、著者の大野英士さんが前に書いた『ユイスマンスとオカルティズム 』という本のわかりやすい書評がALL REVIEWSで公開されているので、興味のある人は是非読んでみてほしい。評者は読みやすく面白い文章に定評のある鹿島茂。
https://allreviews.jp/review/893

ここでキーワードになっている「流体」というのは、文中でも触れられているけれど精神分析の父フロイトが精神物理学で重視したモチーフでもある。実はこの流体というのは、最近めっきり巷で有名な落合陽一さんの専門分野でもあるんです。また、個人的にいま注目している土居伸彰さんという人の著書『個人的なハーモニー』で中心的に論じられていた「原形質」という概念に通じるものだとも考えています。

今回は深入りしないけど、この「原形質」という概念は岡田温司『半透明の美学』や、清水穰『プルラモン』の焼き物(とりわけ釉薬)論、それから東浩紀の「過視的なもの」をめぐる議論から最近の「触視的なもの」へといたる議論の先へと接続できる可能性のあるものだと考えています。

話を戻すと、オカルティズム については前回紹介したオカルト・アメコミの『プロメテア』にも当然ながら関係してくるので併読したいところ。あとこれは宣伝ですが、来年2019年の1月20日に大久保で開催される「あなたの聴かない世界」最終回の予習としても有効だと思います。イベントの詳細はこちら。
https://twitter.com/clearbody/status/1069799531401768961



資本主義の歴史



タイトルそのまんまの内容。ただし、その『資本主義の歴史』が本文わずか180ページ足らずのうちに圧縮されてるのがなんといっても物凄い一冊。表紙が固そうな印象を与えてるかもしれないけど、あたまに自信のある高校生くらいなら世界史のふつうの教科書を読むくらいのテンションで読破できちゃうと思う。
もっとも、訳者あとがきでもいくつか指摘されているとおり、本書の記述は西洋中心的すぎるきらいがあるけど、まあそれは読者が自分で補完するべきでしょう。

最初に言ったとおり、現代は知性で見通せる世界が語る人によって異なってしまうことをどうしても前提になってしまう「暗中模索」の時代。これだけ簡潔に語れてしまう「歴史」すらも無批判には読めないということです。ただし、その「模索」は闇雲に手探りするという意味ではなくて、たとえばその光なき闇に充満している雲のように掴み難いものがたとえば資本主義と呼ばれうるということが了解できたりする。資本主義を批判すれば光が見えるだろうという信仰を持つことができなくても、ひとまず目の前を覆っている晴れない雲を名指してそれを掻き分けることはできるんです。その先はやっぱり闇かもしれないんだけど。

本書で個人的に特に興味深いと思ったのは、資本主義にとって「将来」というのが欠かせない要素であるということ。冒頭に「3つの古典」としてマルクスとヴェーバー(ウェーバー)に続いて挙げられている20世紀前半の経済学者シュンペーターが提唱したイノベーション概念、これが「闇」を掻き分ける際のヒントとして今後注目していきたいと思いました。

ちなみに、11月30日号の「週刊金曜日」書評欄でフランスのジャックアタリ『海の歴史』を取り上げたんだけど、これは経済学出身のアタリが海戦史と海運史から人類の歴史を論じた本で、この『資本主義の歴史』を読んだ人にはぜひ読んでみてほしい一冊。海というのもひとつの流体であり、その先行きの読めなさが資本主義にどのような影響を与えてきたのかを考える組み合わせになると思う。

今回の最後に言及する『ブラックラグーン』は海から始まって、最新刊ではサイバー犯罪が描かれるんだけど、海と通信というのは物理的な流体と情報的な流体という意味でどちらもきわめて資本主義的な「場」だと言えると思う。

 


ニューダークエイジ

で、さっき名前を出したシュンペーターのイノベーションという概念がもっとも使われるのはやはりビジネスとサイエンスの分野なんだけど、現代のアートとりわけメディアアートでもよく使われます。この『ニューダークエイジ』は、1980年生まれの若い現代アーティストがさまざまな現代的な「イノベーション」を条件として「将来」を見据えて書いた本です。本書の著者であるジェームズ・ブライドル、アーティストでもあり人工知能などの研究もしているという、イギリスの落合陽一みたいな人ですね。装幀も綺麗だし、索引も充実しているので、気軽に買ってパラパラとキーワードごとに読むのに向いている本だと思います。

 

 

自然なきエコロジー

永田:で、ここからは11月の既刊本。この『自然なきエコロジー』は待ちに待った邦訳。著者のティモシー・モートンは、ダーク・エコロジストを自称しているんです。ダーク・エコロジーとは何か。でもその前に、ダーク・エコロジーと混同されがちなディープ・エコロジー考え方をまず説明しないといけない。ディープ・エコロジーとは「自然こそ大事で、自然を守るためには自然を破壊するような人間の行動は制限しなきゃいけない。人間の文明が進み過ぎて自然を破壊している。人間の文明は後退させてでも自然を取り戻さないといけないじゃないか」という考え方。

それに対してティモシー・モートンのいうダーク・エコロジーは、そもそも自然は、人間が考えた自然でしかなくて、戻るべき自然というものはもう分かりっこないじゃんって言う。100万年前の自然に戻さなきゃいけないって考えたときに、100万年前の自然がどのような要素で成り立っていたかって、化石からしかわからないんだけど、化石から分かる情報って少ないから、100万年前の自然を取り戻そうとしても無理。100万年前から現代までの人間の影響を取り除くことができない以上は、自然に帰れっていうエコロジーは無理だろうって話。なんでそれがダークエコロジーなのかっていうと、自然っていう帰るべきなにかっていう正しい理想の何かっていうのが、どうなったらいいのか分からない。暗闇の中でエコロジーを考えるのがダーク・エコロジー。単純に響きがかっこいいからそう言っている側面もあると思うけど。ティモシー・モートンの『自然なきエコロジー』の何が面白いかって、エコロジーっていうとやっぱり綺麗な土地に行って、その自然を尊ぶっていうイメージがあると思うんだけど、それって環境って言葉を幻想であるところの自然に近づけて考えちゃってるのね。でも、本来エコロジー=環境学って何かっていうと人間の環境の問題だから、別に現代文明の街路樹だって外側なんだから環境なんですよ。ビルだって環境だし、すでに汚染されちゃってる海だって環境なわけよ。そういう今ある「こうなっちゃっている環境」を前提にしたエコロジーを考えようってのがティモシー・モートンの面白いところです。

エコロジー本としてこの本が面白いというのはいち側面なんだけど、もうひとつ読みどころがある。哲学の文脈で神だとか他者だとか重要な概念として扱われていたもの、あるいは、美術における額縁だとか、写真家にとってのカメラみたいな、人間にとっての条件になるようなものも考えてみたら環境じゃん。これについて考えるのもエコロジーなんじゃないのって提唱してるところ。だから、物書きにとってのパソコンだって環境なんだからって話をしていて、それが非常に面白い。12月の新刊で取り上げた『ニューダークエイジ』では、モートンの別の本『ハイパーオブジェクト』が参照されてるけど、哲学者としてのモートンの真骨頂だと思います。

読みやすいところと読みにくいところの差が非常に激しい書き手なので、トライしてとっつきにくいなと思う人もいるかもしれませゆ。でもパラパラ読めるところだけつまんで読んでみると面白さが分かるんじゃないかと。ともあれ暗中模索の状況で人類ないし文明がどうなっていくかを考えるにあたっては読んだほうがいいと思います。

 

 

 

通信の世紀

永田:インターネットってさ、世界を結んでいるっていうけど、世界を結んでいるってどういうことなのか? 今我々がアメリカにあるgoogleってサービスを使えるのはなぜか。もちろん日本法人が日本語に「翻訳」してくれているからなんだけど、そもそもその世界中のコンピュータ・世界中のサーバーが繋がっている、それを繋げているのはなんなのか? それはぶっちゃけ言うと海底ケーブルなんですね。海底ケーブルが太平洋を横断し日本とオーストラリアとアメリカ大陸が繋がり、アメリカ大陸からヨーロッパに大西洋を横断して繋がっており、世界中を取り巻く海底ケーブルのネットワークがあるわけですよ。それがあって初めて世界中の情報をインターネットで瞬間的に見ることができる。

海底ケーブルが始まったのは実は18世紀末。150年以上前。一番最初はモールス信号用の回線がイギリスとヨーロッパ大陸に繋いだ。通信をケーブルでつないで離れたところと通信できるようにしようよというアイデア。それでイギリスは世界帝国になったというのがあります。イギリスの金融システムは世界中とケーブルが繋がって情報が入ってくることによって一つの市場が出来上がった。それは前提知識。そういう世界が出来上がってくる時代において当時ようやく近代国家の仲間入りをした日本がどうやってネットワークの中に入り込んだのか。そして第二次大戦で情報戦を戦って破れたのか。その後高度経済成長期を経て、20世紀を代表する国家になったのか。という歴史を概観する本です。

通信ってすごい重要なんだけど、みんな空気みたいに考えていて、あまり手で触れるもの、実際にどこを通っているのかって意識しないと思うんだけど、インターネットとかだと海底ケーブルって非常に重要なんです。貿易とか経済に重要だった、海底ケーブルというものを日本という国がどのように活用してきたのかってのがわかる本です。岩倉使節団がうんぬんくんぬん書いてあるんだけど、第二次世界大戦が身近なので面白く読めるんじゃないかと思っております。どう、通信?

 

石田:確かに海底ケーブルがあるんだよって言われれば普段は意識しないなぁ。

 

永田:海底ケーブル見えないからね。見えないものを見ていこうということで暗中模索ということになるかと思います。衛星通信もあるんだけど、物理的な。

 

石田:そうか、衛星もあるのか。

 

永田:海底ケーブルの方が割合が高いけどね。

 

 

 

失われた奇妙な色を追って

永田:『失われた奇妙な色を追って』っていう色名辞典。奇妙な名前の色たちっていう80年代に出た本の名前を変えて、再々刊。日本の色の名前ってすごい色々あるじゃん。例えばこれだったら「あいすみちゃ」。こういう色なんだけど。

 

石田:わからんなぁ。

 

永田:漢字でいうと藍炭茶を当てるんだけど、当て字で、本当は神田のあたりで喧嘩したチンピラグループがいて、仲直りをしたので喧嘩については相済みましたっていう江戸っ子の色という意味。いろんなかもいの色とかさ。かめのぞきとかね。

 

石田:よく現代のインクで再現できますね。

 

永田:ほんとにね。本当にこの色だかは分からないよ、そりゃ。今でこそデジタルでRGBで色を表記できるけど、昔は同じ製法で作ったって材料が安定しないから、刷ったやつもずっと保存されるわけじゃないから安定しないんですよ。色の名前だけ会って色そのものっていうのは固定じゃないんですよ。本来ね。どちらかというと色の名前のほうが重要なのね。そういったさっきいったみたいな事件があってそのときに使われた名前ですよ、っというのをひたすら書いてあるマニアックな本です。色ってさ、光がものに反射してそのときの光で決まってくるので、暗中模索の光の方をみて色を選んでみました。

 

 

 

漫画

永田:一番濃い色といえばブラックじゃないですか。で、出てきましたのは『ブラックラグーン』11巻。なぜこれをもってきたかというとずっと新刊が出ていなかったんですよ。いろいろあって。ようやく出ましたというので。

石田:今も連載しているんですよね?

 

永田:連載って言っていいのかなこれ? ずっと休載だったんじゃないかな。そういう意味でいうと、もうひとつの『ワールドトリガー』

 

石田:ちょうど今朝、「ハンターハンター好きおすすめな漫画」で出てきました!

 

永田:ワールドトリガー、ほんとに面白いので読んでみてください。

 

 

<プロフィール>

語り手

永田希 Nozomi Nagata

寝癖の書評家。時間銀行書店店主、オススメのマンガを持ち寄ってひたすら読むだけのイベント「試読シドク」主催。「Book News」を運営している’79年生まれ男性。

Book News
http://blog.livedoor.jp/book_news/

アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は関東某県在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。

 

聞き手

石田祐規 Yuki Ishida

1989年神奈川生まれ。多摩美術大学映像演劇学科中退。 映画と演劇への興味から写真をスタート。 友人、または友人になりたい人に親友を演じてもらい撮影する。主な著書に「HAVE A NICE DREAM!」がある。

http://yukiishida.com/