汽水域の旅─世界、ことば、精神分析

迷い子たちよ。本が読みたくなったら、ぜひこちらへ。「きすいいきのたび」の第二回がはじまります。前回は「食べ物」と「物流」が大きな河を作っていましたが、今回はいったいどんな河を見ることができるのでしょうか。話し手は書評家の永田希さん、聞き手は写真家の石田祐規さんです。

「世界の捉え方」について

今回は「世界の捉え方」をテーマに選んでみました。

詳しくはあとで触れますが、3月に松本卓也さんの『享楽社会論』が刊行されました。現代のラカン理論を紹介する本ですね。今年2018年を通して要チェックな人文書を何冊か挙げるとしたらそれに含まれるだろうという重要書籍。その松本卓也さんが共著で関わっている本が4月に1冊出ます。『つながりの現代思想』ですね。

これとは別に『精神疾患は脳の病気か』という翻訳本の新装版が出ます。もともとは2008年に刊行されてます。精神病になった、自分は精神病かなと思った人が精神科のお医者にかかるとするじゃないですか。精神分析じゃない普通の精神科の先生は薬を出すわけですよ。薬を飲むと症状がたしかに「改善」する。例えばうつ病の人の症状が軽くなったりだとか。症状は「改善」するんだけど、それで本当にいいのかという。

精神分析だと心の問題だから、語りあったり自分で考えてもらったり一緒に考えることによってどうにかしていくっていうのがひとつの「解決」なんだけど、人間って社会的動物なので、精神疾患というのは単に個々人の脳だけの問題ではなくて「社会の問題」だったりするわけですよ。だからこういうタイトルが付いているんだと思います。内容としては、向精神薬が開発される背景などを詳しく紹介するというもの。

社会とは何かというと非常に大きな議論になってしまいますが、ひとつには「人と人とのつながり」が社会を構成する単位であると言われて異論を唱える人はいないと思います。『つながりの現代思想』というのはそういう問題意識で編まれたものになっているのではないかなと。

で、人は何によって互いに繋がり、社会を構成しているかというと、モノを見たり聞いたりして、それを言葉にしたりしなかったりしている。世界を捉えるというときに言葉に注目すると、昨年、映画の『メッセージ』で言及されてまた話題になった有名な「サピアウォーフ仮説」のことを思い出す人もいるかもしれなけれど、世界の捉え方の多様性やダイナミズムを考えるときに言葉に注目する有効性自体はまだ完全には否定されてはいないと僕は思っています。

で、4月僕が注目しているのが『やまとことばの語源がわかる本』という本です。日本語って、漢字・カタカナ・ひらがなを使っているといいますよね。僕の感覚だとさらにアルファベットも使うので、必ずしも3つじゃないんだけど、ともあれ漢字が中国から入って来ているというのは有名な話だし、それを崩してカタカナやひらがなができてきたって知っている人も多いけど、その漢字が中国から入ってくる前は字を使わないで喋ってたと言われています。もしくは漢字以前の文字があったって説もあるんだけど、このあたりはトンデモが多いので要注意。ただ面白い世界だからそれはそれで掘っていきたいと思ってます。で、その中国から漢字が入ってくる前から日本にあったと言われる文字以前のことばというのが「やまとことば」です。

いわゆる音読み訓読みってあるじゃないですか。漢字が日本に入って来た当時、その時代の中国人が発音していた音を日本で定着したのが音読み。たとえば中国で犬を指していたものを「ケン」とか呼んでたとして、日本では「いぬ」って呼んでたから、この文字は「ケン」とも読めるし「いぬ」とも読めるみたいな感じで読もうと。この場合の訓読みの「いぬ」が「やまとことば」です。このあたりからさっきも言った通り、トンデモに繋がりやすい話なんですよ。なぜならば語り手によって好きなように解釈できてしまうから。文字が無い時代のことを語り始めるとトンデモになりやすいんですが、そういう怪しさも含めて面白いことも確かなんですよね。ただし、その、歴史をどれくらい踏んでいるか、とか。どれくらい中立的に語るかっていう書き手の態度によって変わってくるので、この本がどっちなのかってのは読んでみないと分からない。

言葉と世界の捉え方について4月に注目しているのが『奴隷の文学史』。奴隷って3つ考えることができると思うんですよ。一番有名なのはいわゆるアメリカの奴隷解放宣言で解放された黒人奴隷たちのこと。この本はもっぱらこの「奴隷」概念を辿る1冊になっているみたい。でもアメリカの黒人奴隷が生まれるずっと前からも奴隷は存在している。たとえばギリシャの奴隷ですね。プラトンとかの時代から奴隷っていうのはいたんですよ。

人間っていうのを人権を剥奪して、人の所有物としてみなす。貴族の人でも、ひどい借金を負っちゃったりだとか罪を負ったりして奴隷化するってのはあるわけですよ。奴隷として売り買いされた後、職務を果たして、普通の人権のある立場に戻ってくるというのがあります。3つ目が現代の奴隷です。ワーキングプアとか難民とか国籍のない人たちっていうのがかつて奴隷が扱われていた状態よりも劣悪な環境で働かされているという状況があります。いわゆる人権がない人たちが生きづらい状況。いろいろ奪われているわけですよ、下手すると言葉も奪われている、宗教も奪われている。抵抗のための武器も奪われている、参政権がないとか教育の機会も奪われているってときに、どうやって生きていくかというのを文学に残している。法的に社会的に権利を奪われている状態で、しかしその人間の尊厳を文学に残した歴史がある。本書は特に「声と文字」という、普段は分けて考えられていないテーマで議論する1冊。

あと気になっているのが『100年後の世界: SF映画から考えるテクノロジーと社会の未来』です。SF映画でいろんな未来社会が描かれてますよね。いま世の中でタイムバンクが話題になってますが、あれもSF映画で描かれたことがあるんですよ。そのまんま『TIME』っていうタイトルで(もっと古典的なのだとミヒャエル・エンデの有名な『モモ』という作品もありますが、あれはSFではないか)。

 

──へぇ~~~! バッドエンドな匂いはしますけど!

 

ディストピアものですね。それが面白い感じで取り上げられていればいいなと思います。ただまぁ、これって発想自体は面白いけど、扱い方によってどっちにも転ぶ話なので、ちょっとどうかなというものあります。あと、遠藤徹という小説家・評論家の『バットマンの死』という本が気になっています。この人はスーパーマン論も書いていて。『スーパーマンの誕生 KKK 自警団 優生学』っていう。でもこの『スーパーマンの誕生』のあとがきで「もともとはバットマン論を書いていた」とあるので、そっちのもともとのほうの書籍化なのかな。小説家としては『姉飼』が代表作だと思います。変なホラー小説です。しかしこの人、評論家としてはプラスチックの歴史をたどって現代社会におけるプラスチックの位置付けみたいなことを論じたりしててどっちも面白い。僕が個人的に学生時代に教わったこともある、勝手に恩師と仰いでいるひとのひとりでもあります。

あとは『ベーシックインカムと経済の未来』と『「産業革命以前」の未来へ』っていうどっちも新書なんだけど、似たようなタイトルで、下手するとこれもまたトンデモなんですが、今後どうなっていくのかってのを考えるときに読んでおきたいなと思っております。これは、未来論イメージ論的なやつなんだけど、これらって抽象的な話じゃないですか。今回は建築の話もしようと思っていて、都市計画だとか、道端を歩いていて目に入ってくるものをどう捉えるかというのを考えていきたいなと思っておりまして、そう思ったときにとりあえず気軽に読めるものとして『東京近郊スペクタクル散歩』ってのがあって、あとはもうひとつ、『藤森照信の建築探偵放浪記 風の向くまま気の向くまま』っていう怪しそうなタイトルの。

──昭和の匂いがする!!

 

藤森照信って人は非常に面白い建築家で、磯崎新と対談本を出してたりする人なんですよ。知ってる人にとっては知らないのがおかしいくらい有名な建築家。このあたりでよく分からないひとは『キーワードでわかる都市建築2.0』という本が出るのでこれも要チェックですね。あとは『日本の地下経済最新白書』っていう本と『シャルマの未来予測 これから成長する国 沈む国』っていうのがあります。日本は沈みそうだよねって感じです。あとは『自然観察』って本と『地球に散りばめられて』って本が出ます。なので自然観察から行くか都市の見方を学ぶほうから行くかってのはさておき、いずれにせよ世界の見え方っていうのを割と見ていけるラインナップが4月にあります。


あと、ごめんなさい。さっきの奴隷文学のところで触れたかったのが『身体と感情を読むイギリス小説』という本が刊行予定されていて、これはイギリスの文学に興味があるかどうかはさておき、現代のイギリス小説の話なんですよ。

現代日本文学に興味がある人でもいいし、現代社会っていうものに対して文学がどうアプローチするのかというのに興味がある人は読んで欲しいと思います。もうひとつ『欲望の資本主義2:闇の力が目覚める時』という本が出ます。これはNHKの人が番組を作っていて、同じタイトルの。いろんな経済学者とか社会哲学者とかにインタビューをして現代社会・資本主義について語らせてます。なんでこれを挙げているかというと、今年の1月に刊行されてベストセラーになった『なぜ世界は存在しないのか』っていうドイツの哲学者マルクス・ガブリエルが書いた本があるんですけど、そのマルクス・ガブリエルがこの中で短く喋っているらしいので、ちょっと取り上げたいです。その中で資本主義はショーだって言ってるんですね。要はスペクタクルだって言ってるんですよ。世界の見え方って意味では、これも興味深いなと思っております。

続いて、恒例の食べ物本の話。非常に気になっているのが、檜垣立也さんの『食べることの哲学』っていう本を出すみたいなので非常に楽しみにしています。それから、前回も紹介した原書房の食べ物の歴史、食の図書館シリーズで『ニシンの歴史』ってのが出て来ます。

 

──魔女の宅急便だ!

 

ニシンっていうのは世界史の中ではキーになる食べ物なんです。

 

──へー!!!

 

水産資源で戦争が起きるみたいなのは今まさに東南アジア界隈で起きそうなので、中国が水産資源でかなり日本を含む近隣諸国に領海侵犯をしたりしてるので、実はアクチュアルなものとして読めるんじゃないのかなと思っております。あとはファッションフード系としては『フードビジネスと地域』『スイーツ放浪記』『グルメ嫌い』っていう本が予定されています。

 

──グルメ嫌い……フード右翼っぽいタイトルですね。

 

どうなんだろうな。どっちかっていうと単なるエッセイの可能性がかなり高いので、スイーツ放浪記とグルメ嫌いに関しては。読んでみてそんなに得るものはないのかもしれないけど、気になるので挙げてみました。あとは『日本らしさと茶道 MTMJ』っていう本があってこれは外国人が茶道の家元に弟子入りをして茶道を習ってみたんだけどっていう話です。茶道を外国人が見て来ましたって本ですね。これは食べ物というよりかは、日本に対する視線、日本に対する解釈って意味で興味深いかな。

 

──またオリエンタルと出会ってしまった系。『ダーリンは外国人』の派生みたいな感じですかね。

 

派生というか、あれは日本人が外国の文化を見ているんだけど、これは外国人が日本の文化を見ているというやつなので『英国一家、日本を食べる』が話題になったので、あれの茶道バージョンなのかなと思っています。お茶ってやっぱり日本の文化の中で、それこそ岡倉天心の茶の本とかがあって、禅に並ぶなにかとして日本側からプレゼンしているものなので、外国の方がどう捉えるのかなってところで興味があるところであります。アメリカの現代アーティストのマシュー・バーニーもビョークをフィーチャリングした映像作品『拘束のドローイング9』で茶道を重要なモチーフにしていましたし。フード系はこんなものかな。次に漫画の話をしましょう。

まずは、いつも通り、アフタヌーン系ですが、『大上さん、だだ漏れです』と『大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック』がそれぞれ新刊が出ます。

 

──はい。大蜘蛛ちゃんは前回のトークから、第1巻を買いました。

 

どうでした?

 

──面白かったです。

 

前回はどういう話しましたっけ? 恋愛はどういうものかっていうのを描いているって話でしたっけ。

 

──好きとはどういうことかってことを追体験できるという葛藤。意外と淡々としていて、2巻3巻でどうなるのかってところです。そろそろ新しい設定が浮上してくるのではないかと思って期待しています。引き続き読みます。

 

『大上さん、だだ漏れです』のほうは、連載の方では恋敵が登場して、面白い展開になってるので、3巻でどういう展開になるかは地味そうな気がするんだけど、これから盛り上がっていきますのでご期待ください。あと前回取り上げたか分からないんですけど、『正直不動産』の話ってしましたっけ?

 

──本はテーブルにあったけど、話してはなかったはず。

 

さっきの建築の話にも関わってくるんだけど、あ、関わってこないな。これはあの、不動産を売る側の敏腕営業マンみたいな人が、土地や建物を人に買わせて業績を上げて行くっていう不動産営業をやっていて、かなり悪どいことをやって敏腕だったんだけど、あるとき祟りによってまったく嘘がつけなくなるっていう状態になり、正直に営業をしないといけなくなる、そこから一旦成績ががた落ちになりそこからどうなるんだろうってとこで1巻だったんですよ。今度出る2巻で正直な状態でどう業績を上げて行くのかってところで実は見所は2巻なんじゃないかなと思っているので。

 

──普通にハッピーエンドか、さらなる絶望に突き落としてからの救済か。

 

ぐだぐだな人情話になってしまうのか、そこをアクロバティックにまとめていくのか、凡作になるのか名作になるのかの試金石が2巻なんじゃないかと思います。『進撃の巨人』に関しては、読んでる人はわかると思うんだけど、読んでます?

 

──読んでないです(笑)

 

読んでないですよね~。人気作なんだけれども、途中で読むのやめた人すごい多いんですよ、たぶん。なんでかっていうと、設定が「こんなドンデン返しが! なんとこんな事実が!」そういうちゃぶ台返しが毎話毎話あるっていうのに、飽きる。

 

──進撃の巨人って連載雑誌はなんですか?

 

あれは月刊の「別冊少年マガジン」です。

 

──月刊なのにそんなことしちゃうんだ。

 

いや、設定をめちゃくちゃ作り込んでるんだと思うんですよ。25巻ぐらいになって駄作だとダレるんだけど、進撃の巨人はもうそろそろ終わるんじゃないかと思っていて、終わるために今、あらゆる伏線を回収しつつあって、緊張感のある展開になってきました。著者がこれをどう片付けるんだろうというのを見届けるという意味で、リアルタイムで読み始めて欲しい。漫画喫茶にしばらく篭ってストーリーを追いかけるというのは、自信を持ってその努力は報われると思うから、読んで欲しい。これは単に売れ線の駄作ではないので、進撃の巨人は。わかる人はわかると思いますが。

もうひとつ『虚構推理』という作品があります。これはどういう作品かというと、ミステリーです。推理小説枠で書かれている作品なんですが、敵が幽霊なんですよ。幽霊が人を襲う可能性が出て来たから、どうにかして欲しいっていうのを、モノノケが神様として奉っている人間のところに相談に来る。その相談された人が不死身かつ未来を決めることができる人間とカップルになって、その幽霊を退治しにいくっていうファンタジーの作品です。これだけ聞くと面白くなさそうなんだけど、幽霊との戦い方っていうのがどうしてそいつが幽霊になってしまったのかっていう説得力のあるストーリーを矢継ぎ早に繰り出して行くっていう。

 

──へ〜! 幽霊に対して暴力で戦わないんですね!

 

暴力でも戦うんですよ。カップルの男の方が暴力で幽霊と戦うんだけど、暴力で戦ってるだけだと敵は幽霊だから倒せない。ヒロインのほうはモノノケから知らされて事件の真相を知ってるんだけど、真相だけだと幽霊を倒せない。むしろ虚構の推理によって「お前は実はこうだったんだ」という説を立てることによって幽霊を倒すっていう、ミステリーでも、単なるオカルトものでもない新機軸を打ち出した同名の小説があったんですよ。

 

──ほう。

 

それのコミカライズだったんです。それが7巻だかで終わりまして、いま新エピソードが小説版と漫画版でスタートしてます。これは作者のストーリーもとてもうまいし、こういうのって漫画が残念だと非常に残念なことになるんだけど、漫画もとても上手いので、女の子もかわいいしギャグも笑えるし話の展開もテンポがよくておすすめできる作品です。普通に8巻がでるのが楽しみです。

それから『恋愛と贅沢と資本主義』。ゾンバルトっていう19世紀末から20世紀にかけてドイツで活躍した社会学者っていうのがいて、マックス・ウェーバーっていう有名な社会学者の、ちょっとした後輩ぐらいのポジションの人なんですよ。この人が貴族とか貴族の周りにできてきた資本家(ブルジョワ)が社交界で恋愛をする中で、資本主義が動き始めたっていう説を唱えている本です。同じタイトルの古典的名著があるんですよ。文庫版で370ページくらいある分厚い本。で、その名著のコミカライズが出る。

 

──えっ、漫画なんですね!

 

漫画で読む古典的な学術書のシリーズがいっぱいあって、その中のひとつで。講談社の。だからわりとしっかりしているんじゃないかってので、興味深いなと思っています。「学術まんがシリーズ」というやつですね。ほかにも気になるのがいくつかありますけど、個人的にはこれが一番に気になってます。

さて、次は3月の新刊。僕がまだ手に入れられていない『深刻化する空き家問題』っていう本があって、これはタイトルから興味深いなと。

 

──空き家問題って聞きますけど、ぜんぜん空き家見ないですよね。渋谷に住んでるからかもしれないけど。

 

なるほどなるほど。

 

──統計的数字と体感が合わない感じがあって。

 

地方だと当然、高齢化もあり過疎化もあり、空き家ってのが増えていますと。地方とか田舎だけじゃなくて、都内でも郊外とかね。本当に都市とか、このあたりでもあるんじゃないかな。建売のマンションで建てたはいいけど、売れないっていうのもあって、それがどういう問題を含んでいるのかを勉強するためにもいいかなと思います。あと、空き家問題は建物の話だけど、前回言ってたあれですね、『ザハ・ハディド全仕事』ですが買ってみました。

値段以上のクオリティで、もう2000円ぐらい高くてもいいんじゃないかなというくらいの内容です。ザハ・ハディドのかっこよさもビジュアルでわかるし、テクストもいっぱい掲載されているし、普通にとっても勉強になりそうな感じです。ちょっとザハ・ハディドに寄りすぎている気もするので、もうちょっと俯瞰的なことを書いてくれていたら嬉しいなという気もします。建物に関してはこれくらいかな。

あとはそうだ、厳密にいうと建物じゃないんだけど、『箱中天』という本が出ています。いろんな雑貨、お弁当箱とか化粧箱とかが、箱っていうフォーマットにどのように収められてきたか、硯とか行燈とか、カメラとか。移動用顕微鏡とか。天秤とか。

 

──(ページをめくりながら)へぇー。

 

日時計とか磁石とか解剖器具とかね。人間がなぜ箱にこんなものを詰めたのか。いろんなイメージが膨らむやつです。値段が約3000円するんだけど、本そのもののデザインはもっとシンプルにしてほしかった。もうひとつ、今日は持って来てないんですが『〈折り〉の設計 – ファッション、建築、デザインのためのプリーツテクニック』っていうタイトルの本があって、これはなにかっていうと、折り紙とか最近だとファッションとかで服のここらへんを綺麗に折っているデザインとかがけっこうあったと思うんだけど、平面状のものに折り目を付けることによってなんらかの形状を作り出すということについてにわかに注目されているんですね。ファッションとかアートとかの文脈で。そのあたりの技術というのをたくさんの実例を合わせて紹介している本です。これは極めて美しい無駄のないデザインの本が出ています。「平面と立体の関係」という意味ではちょっと取り上げていきたいなと思っております。

 

平面って意味でいうと、これは1月に出た本なので少し古いんですが、『地図の進化論』という本がありまして、表紙にiPhoneが書いてある通り、GPS関係の技術が登場することによって、地図と人間の関係が変わって来ましたよ、というのがキモの本。前半は地図の歴史みたいなことも書いてあるので、勉強になります。人間って自分がどこにいるのかって知るに当たって地図的な感覚が自分の中にあるのではないかという説があるので、それをそのままアウトプットしているのか、それとも地図が生まれたことによって人間が地図的認識を自分の中に捉えて行くのか。認知論の話も書いてあるんですよ。ちょっと面白いかなと。4月の今度出る本のところで触れましたけど『つながりの現代思想』がありますが、つながりというのは僕の今年のキーワードにしようと思ってます。去年『接続性の地政学』という本が出ていまして、よく国際関係とかを論じるときに、国境が問題になるじゃないですか。実際のところ国境よりもパイプラインとか鉄道とかあるいはそれらを企業や住人が使っているか、要するに国境みたいな分断する線ではなくて、つないでいく線っていうのがどういう風になっているのかというのを捉える、そこに注目していくことによってこれからの国際政治、地球規模のグローバリズムを見ていこうという提案をしている本があります。それを踏まえた上で地図を捉えなおすのは重要じゃないのかと思います。これは「平面と立体」というより「平面と線」の話なんだけど。

 

次に宣伝。僕の書いている文章の載った本が出ました。『完全解析 出崎統 アニメ「あしたのジョー」を作った男』。『おにいさまへ…』とか、『ブラックジャック』のアニメ化とかをした人です。『ガンバの冒険』『宝島』とかね。宮崎駿とか高畑勲とかいわゆるジブリ的なビッグネームの影に隠れてしまうけれども、作品をみるとヤバさが如実にわかる感じの濃いめの映画監督。好きな人はめっちゃ好きなんですが、知らない人はこれを機会にぜひ知ってほしいなと。僕はこの中では『白鯨伝説』と『ニモ/NIMO』っていう作品について触れています。白鯨伝説はメルビルの『白鯨』って有名な作品があるんですけれども。

 

──小説ですよね。

 

そうそうそう。それをSFに置き換えて撮ったBSで流れたアニメがあるんです。それに監督がどういう思いを込めたのか。ニモに関しては、本編の監督はこの人じゃないんですよ。

 

──ふむ?

 

『リトルニモの冒険』っていう作品がこれも20世紀初頭ぐらいにアメリカの新聞に連載されていたんです。これは伝説的なめちゃくちゃすごい作品で、1980年代に映画化しようとしたときに、宮崎駿や高畑勲にも声がかかって、一時期プロジェクトには参加したんだけど、この出崎さんも関わって、で、最終的に別の人が監督してとかなり難航しました。出崎さんの仕事としては、パイロットフィルムが残されていますが見応えありますよ。宣伝に関してはこんな感じかな。

あとはこの、月曜社という出版社の雑誌で『多様体』ってのがありまして、これは出たのは2月なんですが、この中でいろんな人が書いているんですけど、とりわけ面白かったのが「肉の形而上学」っていう。

 

──肉の形而上学ってぜんぜんピンとこない。

 

肉の形而上学っていう連載の第一回。これ第1号なんで。あと「後期資本主義の中の哲学」も面白かった。これを書いているのはさっき『食べることの哲学』で名前を挙げた檜垣立也さん。で、「肉の形而上学」ってどういう話かと言うと…。うーん、まず形而上学って何かっていうと、これね形而上学って英語でいうとメタフィジックなんですよ。

 

──形になる前の上位概念っていう僕の認識ですね。

 

惜しい! 形より上位にあるもの。だから形になる前じゃないんです。形より上位のものを論じるのが形而上学です。メターフィジックなんで。フィジックスというのは物理学だから、物理よりも上位にある学問。上ってのが重要なんですよ。形っていうのはひとつレベルが低いものとして論じられてきたという哲学の歴史があるんですよ。肉っていう概念はなにかっていうと、20世紀の哲学者でメルロ・ポンティって人がいたんだけれども、肉というものを中心に論じていこうとした矢先に若くして亡くなってしまったってのがあるんですね。その最後のメルロ・ポンティが考えようとしていた「肉」ってなんなのか?って話なんですよ。この連載。メルロ・ポンティっていう人は見るものと見られるものっていう、議論をしていた人で、哲学をしようとするときに論じる対象を認識する自分と、認識される対象があると。認識を見るっていう風にいうと、両方ないと当然議論が始まらないんですが、一般的に形而上学って世界側の話ばかりしていて、世界を認識している自分の話ってのはほとんどされてこなかったと。当然自分の話をするためには、自分を構成している、自分が寄って立つところの世界の話をしないといけない。堂々巡りなんですよ。なんだけどこの堂々巡りを可能にしているのは何かっていうと、どっちでもあるところの肉体の存在なんですよね。それで肉って言ってるんですね。この肉というものを形而上学的に論じたらどうなるのってのが『肉の形而上学』って話です。で、その話を錬金術とか神秘主義などの文献を辿りながら語っているのが非常に興味深い。

 

──はい。

 

で、檜垣立也さんの「後期資本主義の中の哲学」はタイトルがすごいんだけど、檜垣さんが経験した1980年代に至るまでの日本の現代思想のシーン、『エピステーメー』っていう有名な雑誌があったりだとか、『現代思想』って有名な雑誌があったりだとか、そういったものが生まれる背景。中野幹隆という編集者は、当時のこの界隈のスタープレイヤーというか立役者なんだけど、その人をめぐる話ってのをしていて、普通に当時を生きていない人間からすると読んでいて面白い話でした。他にもまだ読みきれていない原稿がいっぱいあるので、非常に読み応えのある雑誌です。ご覧の通りデザインが変なんですよ。垢抜けないというか。

 

──同人誌的な。

 

すごい同人誌的な。そう。だけどこの月曜社という版元は、これまですごく美しい本をたくさん出しているところなので、このデザインは絶対に確信犯的だと思います。このデザインはいらないのでは? みたいなものがいっぱいあって。しかもページ数がパッと見どこにあるかわからないんですよ。あ、ここだ。ここノドって言うんですけど。

 

──ノンブルがノドにあるんだ(笑)

 

そうそうそう。だからすごい読みづらいんだ。この読みづらさはなんでなんですか?って聞いたら「狙ってます」っていう風に月曜社の編集者さんが言ってたので、4月13日のジュンク堂のトークイベントで聞いて来ますと。これは面白い。

あとは、『ヒーリング錬金術』っていうすごい怪しいタイトルの(笑)

──『ヒーリング錬金術』って何も噛み合ってない(笑)

 

いやいや、そんなことないんだけど、まあまあ、非常に怪しいシリーズの本があるんだけど、『アラビアの鉱物書』っていうどんだけマニアックなんですかってタイトルの本のやつがあるんですけど、まぁ、ちょっと待ってくださいよと。錬金術っていうとですね、中世のパラケルススだとかあるいはニュートンみたいな有名な物理学者とか、というかあれだな、いま科学って言われてるものは、もとを辿ると錬金術にたどり着くんですよ。で、そういう理由で「錬金術というと中世」って思われているんだけど、錬金術には長い歴史があって、ギリシャ哲学のころから、アリストテレスの思想の中からギリシャの錬金術っていうのは紀元1世紀から6世紀ぐらいまでありましたよと。それがシリア語に翻訳されてアラビアに行きますと。アラビアの錬金術がどうなっていましたかというのが書いてある本っぽいんですね。なので、科学の起源をたどるにあたってけっこう外せない本なんじゃないのかなという風に思っております。

 

──前回に引き続き鉱物の話ですね。

 

そうですね。あともういっこは『夜のみだらな鳥』っていう、これはラテンアメリカ文学でバルガス・リョサとかバルガス・ジョサって呼ばれてる人がノーベル文学賞を獲ったり、あるいはガルシア・マルケスの百年の孤独とかが有名なんだけど、それとあとは有名なラテンアメリカ文学の作者だとコルタサルとかいるけど、それらと並び称されるホセドノソっていう作者がいます。その作者の代表作と言われているんだけど、ずっと80年代に出したのを最後にずっと絶版になってたんですよ、それがようやく復刊されたという本です。1984年の版とほとんど変わらないので、そっちを持っている人は買う必要はないと思います。この本の内容を知らない人にどうやっておすすめしたらいいのかな。『百年の孤独』を読んだことのある人であればその続編としても読めるんじゃないかと思っております。あと、本文に関しては1984年版と一緒なんだけど、解説をフィクションのエルドラードっていうこのシリーズを編集している寺尾隆吉さんが書いているんですが、『魔術的リアリズム』とか『ラテンアメリカ文学入門』という本を書いている人。現代のラテン文学の入門をさせるポジションの人なんですよ。ラテンアメリカ文学へ人々を誘う人。

 

──水先案内人だ。

 

そう。その水先案内人が解説を書いているので、この解説だけでも読む価値はすごいあります。ホセ・ドノソって人がどういう人なのかとか、この作品の位置づけだとか、この作品の『百年の孤独』との関連についても語られています。なんでかっていうと、『百年の孤独』っていとこ同士が結婚して子供を産むと、奇形で生まれてくるんじゃないかって恐怖がわりと重要なモチーフになっているんだけど、これはリアルに生まれた後の話を描いていて、子供がめっちゃやばいやつでこれは殺すしかないってお父さんが殺そうとするのを、秘書が止めて、その奇形の子を中心とした館っていうところに、人々を閉じ込めて、巨大な館をひとつの都市とか村みたいな感じで運営していたんだけど、その秘書の人が歳とって修道院に行って、修道院でこの本を書いているってのが設定なんですよ。なんていうか、語りが二転三転していちゃっていて、書いているのは秘書の方だって自分で語っているんだけど、もしかすると、雇い主のほうかもしれない。ちょっとした貴族みたいな、金持ちの名家の親父の子供が奇形だって言ってたのに、そいつの性器をを切り取って自分のところに無理やり移植する手術をされたみたいなことを書いていたりするんですよね。生まれて来た奇形の子供っていうのが果たして誰の子供なのか分からない。

 

──ふーん。

 

推理小説として読むとぜんぜん分からなくなるんだけど、その分からなくなる感じを楽しむ小説ですね。『ドグラ・マグラ』とか好きな人にオススメしたい。世界への憎悪に満ち溢れているんだけれども、同時に『夜のみだらな鳥』っていうのは人生っていうのは夜のみだらな鳥が鳴きわめく森であるって文章があって、そこから取られています。暗くじめっとした森でザワザワしているってのがずっと続いているみたいな感じの作品です。これはお酒飲んだり、コーヒー飲んだりしながら、暗い部屋で読むのがいいんじゃないですかね。春とか夏に最適な本です。

あと『享楽社会論』の話をしましょう。松本卓也さんのこの本は、まずジャック・ラカンっていう20世紀を代表する精神分析理論家がいますけど、いわゆるポストモダンと呼ばれる思想家にものすごい影響を与えています。たとえば浅田彰さんとかが影響を受けている、受けているっていうか、ラカンの理論を使って1980年台に『構造と力』という本を書いてそれが売れて読まれたというのがあります。あとは東浩紀さんが1990年代にデビュー作の『存在論的、郵便的』を書いていますが、この本で主題にされた哲学者のデリダはラカンと非常に近い距離の人でした。東浩紀さんの次ぐらいの世代で、今をときめく哲学者、千葉雅也さんも、2013年のデビュー作『動きすぎてはいけない』でドゥルーズを扱ってますが、このドゥルーズもフェリックス・ガタリと『アンチ・オイディプス』って本を書いていて、この書名にあるオイディプスってエディプス理論っていうフロイトの学説からとられているんですね。

エディプスコンプレックスっていう精神分析の考え方があるんだけれど、これがラカンによってすごく押し出されていて、それだとダメだろ!みたいな批判をしていたんです。まあものすごく雑に言うと。で、そのドゥルーズを読み解いたのが『動きすぎてはいけない』なんだけど、そのドゥルーズたちに批判されていたラカンっていうのは「ある時代のラカン」なんですよ。1960年代ぐらいまでのラカンなんです。この松本卓也さんという人は「いや違うんだ」と。ラカンはその後、理論を自ら展開させていって、ドゥルーズによって受けた批判とかデリダによって受けた批判っていうのを受け止めているのか、自己批判で乗り越えたのかはさておき、1970年代以降の後期ラカンという理論的展開があったと。それを日本に紹介するっていうのが松本卓也さんの理論的な仕事。松本さんの前著『人はみな妄想する』ていう本で、いったん極めて明快かつ整理された形で出してます。なのでラカンの理論に興味ある人はその本を読むとすごく分かりやすいんだけれども。今回の『享楽社会論』は、『人はみな妄想する』がラカンを中心に書いていたのに対して、その影響を受けた弟子たち、ラカン派っていういろんな理論家の理論がどうなっているのかっていうのを扱っています。

この中で非常に重要になるのは、さっきも触れたドゥルーズたちの『アンチ・オイディプス』で批判されていたエディプスの概念なんです。オイディプス。エディプスコンプレックスって何かというと、男の子はお母さんと繋がりたいっていう風に思っているけれども、そのときにお父さんの存在が邪魔になってくるみたいな、父・母・子っていう関係がうまくいかないとダメなんだ、お父さんを殺して立派な人間になるんだみたいなのがエディプスコンプレックスの非常に大雑把な解釈なんだけど、この場合のお父さんにあたる役割っていうのが、精神分析の発起人であるところのフロイトの段階から危機にさらされていて、ラカンの理論によって重要とされていた父親の存在っていうのは、ラカンの時点でだいぶやばかった。なんでやばくなってるかというと、ここに資本主義っていうのが出てくる。資本主義ってお金を払えば与えるよっていうシステムなんですよね。なんでもお金を払えばあげるよ、どんどんあげるよ、どんどんあげるよって言い募って人はなんかもらってないと足りないみたいな状態になってしまった。

母親を欲望するみたいな、なんというか精神分析でいうところの欲望ではなくて、とりあえずなんでもあげるよっていう状態におかれている状態っていうところから精神分析をどのように行なっていくのかが語られているんですよ。資本主義にラリってる状態に人々が陥っている。そこがどうなれば健康なのか、あるいは、これをどういう風に論じていけるのかっていうのを模索しているのが『享楽社会論』なんですよ。これは結論が正直出ていない本だと思うので、キャッチーな本かっていうと、『人はみな妄想する』とかあるいはさっきまで挙げてた『存在論的、郵便的』とか『動きすぎてはいけない』とか『勉強の哲学』みたいなキャッチーな本ではないんだけれども、問題提起としては非常に重要な本かと思っております。今回はこんなもんですかね。

 

──勉強になりました。

 

 

語り手

永田希 Nozomi Nagata

寝癖の書評家。時間銀行書店店主、オススメのマンガを持ち寄ってひたすら読むだけのイベント「試読シドク」主催。「Book News」を運営している’79年生まれ男性。
Book News
http://blog.livedoor.jp/book_news/

アメリカ合衆国コネチカット州生まれ。
その後、札幌・千葉・マニラ・東京・京都を転々。現在は関東某県在住。
フリーター・契約社員・嘱託社員・正社員・無職など紆余曲折を経て現職。
百科事典と画集と虫と宇宙が友達です。

 

聞き手

石田祐規 Yuki Ishida

1989年神奈川生まれ。多摩美術大学映像演劇学科中退。 映画と演劇への興味から写真をスタート。 友人、または友人になりたい人に親友を演じてもらい撮影する。主な著書に「HAVE A NICE DREAM!」がある。
http://yukiishida.com/

 

(インタビュー収録2018年3月29日)